【第2部】第4話 作業
最初に動いたのは、俺じゃない。
判断したのも、俺じゃない。
森の奥——
草を踏む音——
低い唸り声——
炎と、匂い。
それに引き寄せられてきた魔物だ。
数は――数えない。
数えた時点で、判断が遅れる。
「……来るか」
小さく息を吐く。
火葬の炎を背に、距離を取る。
守るのは、炎の内側。
越えさせるわけにはいかない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
足裏に、意識を落とす。
魔法を流すためじゃない。
地面を、接地の感覚を、逃がさないためだ。
――来た。
一体目が、草を割って飛び出す。
足裏魔法ダッシュ――
視界が一瞬、横に流れる。
距離が、一気に詰まる。
右ストレート。
硬い感触。
骨に当たる。
止まらない。
倒れたかどうかなんて、確認しない。
即、離脱。
足裏魔法ダッシュ――
今度は後ろ。
距離を、開ける。
――一体、減った。
それだけでいい。
――次。
別方向から、二体。
まとめては相手にしない。
引きつける。
一体だけが前に出た瞬間。
また、距離を詰める。
アッパー。
下から突き上げるように、顎。
衝撃が、腕に残る。
――重い。
すぐに離脱。
呼吸が、少し速い。
胸が上下する。
「……まだ、いける」
言葉に出すことで、判断を固定する。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
派手な魔法は使わない。
ファイアーボール?
論外だ。
撃った後、確実に狙われる。
乱戦になれば、位置が割れる。
それは“攻撃”じゃない。
自分の場所を教える行為だ。
だから使わない。
やることは、同じ。
ヒット・アンド・アウェイ?
一撃離脱?
パルティアン・ショット?
……名前なんてどうでもいい。
近づく。
一撃。
離れる。
それだけ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
足裏魔法ダッシュ――
今度は前蹴り。
魔物の胴に、突き刺すように。
吹き飛ぶ。
距離が、稼げる。
数歩下がり、呼吸を整える。
足裏が、熱い。
魔法を流し続けた反動だ。
「……使いすぎだな」
だが、止めない。
止めた瞬間、捕まる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
時間が、伸びていく。
何分か。
何体か。
もう、分からない。
分かるのは――
まだ、生きていること。
炎が、まだ燃えていること。
それだけだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一瞬、判断が遅れた。
草むらから、想定より近い距離。
「……っ!」
足裏魔法ダッシュ――
間に合う。
横へ。
かすめる風圧。
「……危ねぇ」
独り言が、漏れる。
集中が、落ちている。
ここから先は、雑になる。
だから――
確実に一体ずつ。
絶対に、欲張らない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
最後の一体が、倒れた。
音が、消える。
唸り声も、足音もない。
静寂。
膝に手をつき、息を整える。
「……終わり、か」
炎を見る。
まだ、燃えている。
――それでいい。
これは戦いじゃない。
作業だ。
判断を間違えた瞬間、
俺が次の“遺体”になる。
じんわり右の手首に違和感が走る。
握った拳が、わずかに言うことを聞かない。
――殴りすぎだな……
でも、ただそれだけだ。
俺は炎の側に立ち、
次が来ないか、周囲を見渡した。
火葬が終わるまでは――
ここを離れない。
――火を点けた以上、最後まで処理する。




