【第6部】第10話 温度と衝撃
孤児院の裏庭で、
俺はカイムに”依頼”をしていた
「このトウモロコシに熱湯を入れる」
「熱湯だな」
「そうだ。で、均一に混ぜる」
カイムが木の棒で軽くかき回す。
「……重いな、これ」
「そしたら、次は麦芽だ」
「これも混ぜるんだな?」
「あぁ」
「次は?」
「放置だ。ただ――」
「ただ?」
「65℃だ。
温度は下げるな。酵素が止まる」
カイムが小さく頷いた。
「コウソ?
よく分からんが……温度計、いるな」
「買え」
短く答える。
カイムは苦笑した。
「了解」
俺は鍋を見た。
「ドラゴン討伐から戻ったら、
今のを頼む」
「任せろ」
門の前――
スズが立っていた。
少しだけ不安そうな顔。
ザッツが手を振る。
「行ってくるぞ!」
スズは小さく頷いた。
「……いってらっしゃい」
俺は短く言った。
「すぐ戻る」
それだけ残して、 歩き出す。
魔王の城――
重い扉が開く。
侍従長が静かに頭を下げた。
「ご出立ですね」
俺は頷いた。
「前金、頼む」
侍従長は苦笑する。
「相変わらずですね」
手を上げると、
兵が袋を持ってきた。
中身が重い。
「確かに」
俺は受け取る。
侍従長が続ける。
「ご不在の間は、
孤児院周辺の警備を強化致します」
「助かる」
「ご安心を」
短い会話。
それで十分だった。
一日目――
何も起きない。
ただ歩くだけ。
風の音と、 足音だけが続く。
二日目――
空気が変わった。
気配――
ザッツが剣を抜く。
「来るぞ」
小型の魔物が飛び出す。
速い。
だが――
「遅ぇ」
ザッツの剣が振られる。
一閃。
二体、三体。
まとめて吹き飛ぶ。
血が散る。
「この程度かよ」
笑う。
その時だった――
地面が揺れる。
ドンッ――
重い音。
カイムが顔を上げる。
「……来たな」
木々の奥から、巨大な影が現れた。
分厚い皮膚――
硬質な装甲――
サイの様な魔物――
シェルライノ。
ザッツが舌打ちする。
「チッ……」
構える。
だが、すぐに顔をしかめた。
「無理だ」
剣を下げる。
「装甲が硬すぎる」
俺は一歩前に出た。
「ザッツ」
「ん?」
「見てろ」
一拍。
「これが共振破壊だ」
――足裏魔法ダッシュ。
地面を蹴る。
爆発的な加速。
一瞬で間合いに入る。
左手が触れた瞬間、発動。
「アイスショット」
冷気が走る。
直後――
右手。
「バースト」
衝撃が重なる。
内部で弾ける。
シェルライノの体が――
崩れた。
俺は手を見た。
左手――凍傷。
右手――指の脱臼、皮膚の火傷。
カイムがすぐに手をかざす。
「……毎回これか」
淡い光。
静かに治っていく。
「効率がいい」
短く答える。
そして、
ザッツは固まっていた。
「おい」
俺はザッツに言う。
「分かったか?」
ザッツは即答した。
「全然分からん!!」
「そうか」
その時だった。
頭の奥に、イメージが流れ込む。
冷気――
拡散――
霧――
「……?」
カイムが気づく。
「どうした?」
「新しい魔法だ」
「何系だ?」
「氷……だな」
少し考える。
「ミスト?」
ザッツが吹き出す。
「ダッセェ!」
指をさす。
「それアイスミストだろ!」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、
暑い時に涼しくするだけのやつだ!」
カイムも頷く。
「あぁ……実用性は低いな」
俺は黙る。
少しだけ考える。
「……そうか」
一拍。
「いや」
小さく呟く。
「使えるかもしれん」
二人が顔を見合わせる。
「は?」
「どう使うんだよ」
俺は答えない。
ただ歩き出した。
三日目――
空気が変わる。
熱い。
地面が黒く焦げている。
骨が転がっている。
焼けた匂い。
カイムが低く言う。
「……この先だ」
ザッツが剣を握る。
無言。
風が止まる。
静寂。
その中で――
何かが動いた。
影。
巨大な影。
ゆっくりと、首が上がる。
赤い瞳。
ドラゴン――
ドラゴンの呼吸の音だけが響く。
熱が伝わる。
俺は一歩、前に出た。
「……なるほど」
小さく呟く。
視線は外さない。
「壊せるな」




