【第6部】第9話 円筒の先に竜
乾いた金属音が、
孤児院に響いていた。
コン、コン、と。
一定のリズムで、銅板が叩かれる。
俺は黙って手を動かしていた。
熱を入れ、叩き、伸ばす。
少しずつ形を変えながら、曲面を作る。
角を殺し、滑らかに整える。
やがて、 それはゆるやかな円を描き始める。
カイムが横から覗き込んだ。
「……まだやるのか」
「もう少しだ」
俺は答える。
内径を揃える。
歪みを消す。
わずかなズレが、後で効いてくる。
「カイム」
「ん?」
「接合やるぞ」
カイムは、
ため息をつきながら前に出た。
「はいはい」
詠唱――
指先に、微かな火が灯る。
極小のファイアウォール。
それが、銅の継ぎ目をなぞる。
じわりと溶け、一体化していく。
無駄な熱は入れない。
必要な分だけ。
「……相変わらず、細かいな」
「精度が命だ」
短く答える。
その時――
奥の方から、 騒がしい音がする。
「うおおおお!!めんどくせぇ!!」
ザッツの声だった。
振り向くと、大きな桶の前で、
トウモロコシを砕いている。
雑だ――
とにかく雑だ――
「もっと細かくしろ」
俺は言った。
「これで十分だろ!」
「ダメだ」
ザッツが顔をしかめる。
「なんでだよ!?」
「効率が落ちる」
「知らねぇよ!」
「だから落ちる」
「会話になってねぇ!」
横でカイムが笑った。
「まあ諦めろ」
ザッツはぶつぶつ言いながら、
再び手を動かす。
しばらくして、
ふと思い出したように顔を上げた。
「なあ!」
俺を見る。
「これ終わったら、
ドラゴン討伐行くんだろ!?」
「行く」
「俺も連れて行けよ!」
カイムが呆れた声を出す。
「というか……本当に三人で行くのか?」
俺は手を止めずに答えた。
「下見だ」
一拍。
「勝てそうなら、やる」
ザッツが笑う。
「どうせやるんだろ?」
俺は少しだけ笑った。
「共振破壊が通るならな」
カイムが眉をひそめる。
「……いや、それは回復魔法あっての話だろ」
ザッツが首をかしげる。
「なんだそれ?」
「共振破壊」
「だから何だよそれ!?」
「振動で壊す」
ザッツが固まる。
「は?」
「それだけだ」
「いや分かるか!」
カイムが吹き出した。
その時、小さな声がした。
「ねぇ……」
スズだった。
不安そうな顔でこちらを見る。
「ドラゴンって……危なくないの?」
俺は答えた。
「火を吐くデカいトカゲだ」
一拍。
「所詮、爬虫類だ」
カイムが顔をしかめる。
「いやお前……」
俺は続けた。
「物理の前に単細胞は通用しない」
ザッツが笑う。
「なんだその理屈!」
スズはまだ少し不安そうだった。
「……帰ってこなかったら、どうするの?」
俺は短く答えた。
「帰る」
それ以上は言わない。
沈黙が一瞬だけ落ちた。
ザッツが空気を切った。
「おいスズ!」
手を振る。
「こっち手伝えよ!」
スズが桶を見る。
「トウモロコシ?」
「そうだ!」
俺は言った。
「ダメだ」
ザッツが振り向く。
「なんでだよ!?」
「酒造りだ」
一拍。
「未成年が触るもんじゃない」
カイムが言う。
「この国は十五で成人だぞ」
スズが小さく言った。
「……私、多分十五」
俺は頷いた。
「よし、やれ」
ザッツが叫ぶ。
「切り替え早ぇ!」
笑い声が広がる。
銅の円筒が、 静かに形を整えていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
重い扉が閉まる。
魔王の執務室は静かだった。
「よく引き受けてくれた」
魔王が言う。
俺は一言で返す。
「金がいる」
魔王は小さく頷く。
「分かっている」
一拍。
「戦力として数えていない訳ではない」
視線がこちらに向く。
「だが、無理はするな」
俺は言った。
「あぁ」
侍従長が地図を広げる。
「こちらが現在の位置です」
指でなぞる。
「徒歩ですと、
ここから三日程かかります」
「……あの監視塔の近くだな」
俺は言った。
カイムが頷く。
「あぁ」
ザッツが首をかしげる。
「知ってるのか?」
「軟禁された」
「は?」
カイムが苦笑する。
「要約しすぎだ」
軽く肩をすくめる。
「俺とイロハが魔族領に入った時、
身分確認された場所だ」
ザッツが納得したような、
していないような顔をする。
俺は言った。
「一度、孤児院に戻るぞ」
「ん?」
「ドラゴン討伐の後、
俺はそのまま人間領に行く」
カイムが腕を組む。
「俺たちは孤児院に戻るってことだな?」
「あぁ。すまんな」
そして俺は魔王を見る。
「という訳で、オッサン……前金くれ」
沈黙。
魔王がため息をついた。
「遠慮がないな」
侍従長が苦笑する。
「では、正式な出立時に手配致します」
ザッツがぼそりと呟く。
「結局、下見じゃねぇじゃん……」
俺は立ち上がった。
「資金調達だ」
灯りが揺れる。
「ドラゴンに、試したい事がある」
一拍。
「理屈が通るか、試す」
沈黙。
誰も笑わなかった。




