【第6部】第7話 喫茶店
カイムが合流し、軍施設を出た頃には、
日が傾き始めていた。
石畳の通りに灯りが灯り始める。
侍従長が振り返った。
「勇者の件は――」
静かな声。
「――私の方で閣下に進言致します」
俺は頷いた。
「頼む」
侍従長は少し考えるように目を細めた。
「ですが」
軽く微笑む。
「このまま帰宅するには少々もったいない」
視線をこちらに向ける。
「少し、お茶でもして行きませんか?」
カイムが横で小さく笑った。
「お偉いさんの匂いがするな」
侍従長は気にしない。
「個室のある店を知っています」
俺は肩をすくめた。
「奢りなら付き合う」
侍従長は少しだけ笑った。
「もちろんです」
店は城の近くにあった。
静かな店だった。
厚い扉。
落ち着いた灯り。
足音すら吸い込まれるような絨毯。
どう見ても高い。
店主が侍従長を見ると、すぐに頭を下げた。
「いつもの部屋を」
侍従長が言う。
案内されたのは奥の個室だった。
扉が閉まる。
外の音が消えた。
カイムが椅子に座る。
「便利な店だな」
侍従長が答える。
「便利だから使うのです」
コーヒーが運ばれてきた。
香りが広がる。
侍従長が言う。
「さて」
カップを持つ。
「まず勇者の件」
俺を見る。
「孤児院で何をさせるおつもりです?」
俺は言った。
「用心棒」
カイムが言う。
「ま、妥当だな」
俺は続ける。
「ついでに保育士」
カイムが吹き出す。
「は?」
侍従長が瞬きをした。
「……保育士」
俺は頷いた。
「子供の相手は体力がいる」
カイムが笑う。
「確かに」
「それに、ユウキはザッツよりイケメンだ」
「……それが何なんだ?」
「子供に好かれる。
体操のお兄さん、1人追加だ」
「……意外とザッツ、
あのポジション気に入ってるんだぞ?」
俺は笑いながら言った。
「ライバルだな」
侍従長はしばらく考えていた。
やがて小さく頷く。
「評議会への抑止力にもなりますね」
俺は言った。
「勇者が孤児院にいる」
肩をすくめる。
「手が出しにくい」
カイムが笑う。
「確かにな」
侍従長が続ける。
「酒産業の件ですが」
視線が鋭くなる。
「本当の狙いは?」
俺は少しだけ笑った。
「雇用」
侍従長は黙る。
俺は続けた。
「戦争は終わらない」
カップを回す。
「負傷兵、家を失った連中……
仕事がない人間は、戦場に行くしかない。
戦場に戻れない人間は、捨てられるだけだ」
沈黙。
「仕事を作る」
侍従長が小さく頷く。
「なるほど」
俺は続けた。
「それだけじゃない」
侍従長が聞く。
「と言いますと?」
俺は言った。
「税だ」
沈黙。
「酒税」
侍従長の目が細くなる。
「魔族側に流れる」
カイムが腕を組む。
「つまり?」
俺は言った。
「酒が売れるほど、魔族が儲かる」
侍従長が理解する。
「孤児院関連施設に手を出すと……」
俺は言った。
「国益が傾く」
沈黙。
侍従長が静かに息を吐いた。
「……貴殿は恐ろしい男だ」
カイムが笑う。
「今さら、だな」
しばらく沈黙が続いた。
侍従長がカップを置いた。
そして言った。
「最後に一つ」
視線がこちらに向く。
「よろしいですか?」
俺は言った。
「なんだ?」
侍従長は少しだけ間を置いた。
「牢での会話ですが」
静かな声。
「あなたは」
少し目を細める。
「彼と同じ世界の人間……
言わば、勇者ですね?」
沈黙。
カイムは黙ってコーヒーを飲んでいる。
俺は答えた。
「そうだが?」
侍従長が瞬きをする。
「……そうですか」
俺は言った。
「何か問題あるか?」
侍従長は首を振った。
「いえ」
少し笑う。
「確認したかっただけです」
カイムが横で言う。
「やっと気づいたか」
侍従長がこちらを見る。
「あなたは知っていたのですか」
カイムは肩をすくめた。
「最近だがな」
沈黙。
侍従長が俺を見る。
「召喚されたのですか?」
俺は答えた。
「そうだ」
沈黙。
侍従長は少しだけ考えた。
そして静かに言った。
「なるほど」
小さく頷く。
「だからですか」
俺は聞く。
「何がだ」
侍従長はカップを持つ。
「あなたの発想」
少し微笑む。
「この世界のものではない」
カイムが笑った。
「だろうな」
侍従長はゆっくり茶を飲んだ。
そして静かに言った。
「面白い」
視線が俺に向く。
「非常に」
灯りが揺れた。




