【第6部】第5話 勇者の仕事
石の廊下は静かだった。
灯りだけが、ゆらゆらと揺れている。
ユウキは壁にもたれて座っていた。
膝を抱えたまま、しばらく黙っている。
やがて、小さく呟いた。
「……勇者ってさ」
俺を見る。
「何なんだろうな」
乾いた笑い。
「女神に選ばれた奴が勇者?」
沈黙。
「魔王を倒したら勇者?」
首を振る。
「でも俺……」
拳が震える。
「魔王にも会えてない」
声がかすれる。
「お前にも……
殴られていないのに負けた」
俯く。
「女神にも見捨てられた」
そして、小さく言った。
「勇者って……何だよ」
沈黙が落ちた。
俺は少し考えてから言った。
「勇者は仕事じゃない」
ユウキが顔を上げる。
「……は?」
俺は肩をすくめた。
「勇者は職業じゃない」
侍従長が横で静かに聞いている。
俺は続けた。
「称号だ」
沈黙。
ユウキが眉をひそめる。
「称号……?」
俺は頷いた。
「女神が任命するものでもない」
「……」
「王が与えるものでもない」
指で石の床を叩く。
「誰かがそう呼ぶか」
少し間を置く。
「自分で名乗るか」
ユウキが黙る。
俺は言った。
「それだけだ」
沈黙。
廊下の灯りが揺れる。
ユウキがぽつりと言った。
「……そんなの」
小さく笑う。
「ただの思い込みじゃん」
俺は頷いた。
「そうだ」
ユウキが固まる。
俺は続ける。
「だがな」
少し前に体を乗り出す。
「大抵の称号はな、思い込みか後付けだ」
侍従長がわずかに口元を緩めた。
俺は指を折る。
「王」
一本。
「将軍」
もう一本。
「英雄」
もう一本。
「全部そうだ」
肩をすくめる。
「誰かがそう呼ぶから、そうなる」
沈黙。
ユウキが俺を見る。
「じゃあ……」
声が震える。
「俺は……」
言葉が止まる。
俺は言った。
「勇者じゃないと思うなら」
少し間を置く。
「それでもいい」
沈黙。
「だが」
俺は続けた。
「勇者をやり直したいなら」
ユウキの目が動く。
「出来る」
ユウキが固まる。
「……は?」
俺は平然と言った。
「勇者は称号だ」
少し肩をすくめる。
「自分で名乗ればいい」
沈黙。
ユウキの呼吸が少し荒くなる。
「……そんなの」
声が震える。
「バカみたいじゃんか」
俺は答えた。
「バカじゃない。
称号はそういうもんだ」
沈黙。
俺は続けた。
「もう一度言う」
ユウキがこちらを見る。
「勇者は仕事じゃない」
少し笑う。
「だが」
指を立てる。
「勇者には仕事がある」
ユウキの眉が動く。
「……?」
俺は言った。
「世界を少しマシにする」
沈黙。
「困ってる奴を助ける」
沈黙。
「腹を空かせた子供に飯を食わせる」
沈黙
「面倒なことを押し付けられる」
侍従長が吹き出す。
ユウキの目が揺れる。
俺は言った。
「そういうのを」
少し肩をすくめる。
「勇者の仕事って呼ぶんだろ?」
長い沈黙。
ユウキは俯いた。
拳が震える。
やがて、小さく言った。
「……俺でも」
声がかすれる。
「出来る……?」
俺は答えた。
「出来る」
そして続けた。
「ちょうどいい仕事がある」
ユウキが顔を上げる。
俺は言った。
「勇者としてやり直すなら」
少し笑う。
「雇ってやる」
沈黙。
ユウキの目が揺れる。
俺は静かに言った。
「仕事、あるぞ」
俺は少し笑った。
「勇者やるなら、まず働け」




