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【第6部】第3話 勇者の涙

地下へ続く石の階段は、

ひんやりと冷たかった。


湿った空気。

薄暗い灯り。

鉄の匂い。


カイムは途中で別れた。


「俺は銅板だろ?

 倉庫の方当たってくる」


そう言って、

慣れた足取りで倉庫へ向かった。


残ったのは俺と侍従長。


そして先導する警備兵だ。


警備兵は鍵束を鳴らしながら、

ぶつぶつと文句を言っていた。


「まったく……」


鉄格子の扉の前で足を止める。


「いくら閣下の侍従長様とはいえ、

 面倒事は勘弁してくれよ。

 勇者の件なんてよ……」


鍵を差し込む。



ガチャリ――



「俺は何も知らねぇし、

 関わりたくもねぇんだ」


俺は懐から金貨を数枚取り出した。

そして警備兵の手に握らせる。


「安心しろ」


警備兵が一瞬固まる。


俺は静かに言った。


「何も起きない」


そして続ける。


「お前は何も見ていない」


警備兵は一瞬だけ俺の顔を見た。


それから何も言わず、鍵を回した。

鉄格子が軋む。


横で侍従長が小さく呟く。


「いけないお人ですね」


俺は肩をすくめた。


「止めないお前も同罪だ」


侍従長は小さく笑った。


「否定は致しません」


鉄格子の向こうへ進む。

通路はさらに暗くなる。


奥に一つの牢。

警備兵はそこで止まった。


「ここだ」


そう言って離れる。


俺は牢の前に座った。


鉄格子の向こう。

薄暗い部屋の隅に、誰かが座っている。


膝を抱えて。

痩せた影。


俺が口を開く前に――


影が動いた。


「……!」


顔が上がる。

涙でぐしゃぐしゃの顔。


「お、お前は……!?」


ユウキは目を見開く。


「な、何をしに来た……!」


鉄格子に近づく。


「ここから出せ!!」


声が震える。


「いや……」


首を振る。


「殺してくれ……」


掠れた声。


「もう……家に帰れない……」


肩が震える。


「殺して……」


そして小さく呟いた。


「……母さん」


俺は何も言わず、マジックバッグを開いた。


中から包みを取り出し、

そして鉄格子の前に置いた。


「麦で悪いんだが」


包みを開く。

麦飯のおにぎり。


「おい。この鍋、温められるか?」


俺は侍従長に鍋を掲げながら聞く。


「えぇ。それぐらいなら」


侍従長は手をかざし、詠唱。


鍋の取っ手から温かさを感じる。

俺は椀によそう。


湯気が立った。


「味噌汁だ」


ユウキは動かない。


俺は続ける。


「まぁ、あいつらには不評なんだが」


椀を持ち上げる。


「お前なら好きだと思う。

 俺達の舌に近い味だ」


ユウキはじっと見ていた。

何も言わない。


俺はおにぎりを差し出した。


「まず食え」


ユウキの手が少し震える。


俺は続ける。


「食って頭を回せ」


静かに言う。


「どうすれば生き延びられるか、

 考えられる思考を取り戻せ」


ユウキは小さく呟いた。


「……毒」


俺はため息をついた。


そして横を見る。


「おい、侍従長」


「はい」


「お前も食え」


侍従長はすぐに頷いた。


「かしこまりました」


侍従長はおにぎりを一つ取り、口に運ぶ。

もぐもぐと噛む。

それから味噌汁を一口。


少し考える顔。


「うむ」


頷いた。


「確かに不評なのは分かります」


俺は鼻を鳴らす。


「だろ?」


侍従長は椀を見た。


「このスープは?」


「麦味噌だ」


俺は答える。


「試行錯誤してそれっぽいのは出来たんだが」


肩をすくめる。


「偶然の産物。再現性は無い。

 それに、不評だからもう作らん」



沈黙。



その時だった。



カチャリ――



鉄格子に触れた、小さな音。


ユウキが、おにぎりを取った。

震える手。


一口。


噛む。


また一口。


そして――


ボロボロと涙が落ちた。

ユウキの肩が震える。


「……う……」


声が漏れる。


そして――


「うぁ……」


声を上げて泣いた。

おにぎりを握ったまま。


子供のように。

泣き続けた。


俺は何も言わなかった。

ただ、味噌汁をもう一杯よそった。

湯気だけが、静かに漂っていた。


地下の牢の中で、

勇者ユウキは、


久しぶりに

人間らしく泣いた。

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