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【第6部】第1話 新しい火種

朝の孤児院は、静寂とは程遠い。


子供達はすでに外で走り回っている。


厨房からは焼き小麦の匂いが漂い、

庭の奥ではザッツの怒鳴り声が聞こえていた。


「だから違うって言ってんだろ!!

 ケンケン鬼ごっこは片足だ!!」


「ズルいー!」


「ズルじゃねぇ!」


朝から騒がしい。


俺は窓の外を眺めながら、

湯気の立つ茶を一口すすった。


その時だった。


「イロハ殿」


静かな声。


振り向くと、

侍従長が部屋の入口に立っていた。


いつも通りの落ち着いた顔だ。


「どうした?」


俺が聞くと、

侍従長は軽く頭を下げた。


「ロカ・フォルテの孤児院——

 そことの交易が認可されました」


俺は茶を置いた。


「……時間かかったな」


侍従長は頷く。


「戦時中で、しかも敵国との交易ですので。

 致し方ないかと」


「条件は?」


「三つございます」


侍従長は指を立てた。


「一つ。

 孤児院同士に限った交易」


「二つ。

 生命の保証はしない」


「三つ。

 現場判断」


俺は鼻を鳴らした。


「つまり、国は責任取らないってことか」


「はい」


侍従長は淡々と言う。


「ですがイロハ殿には関係ないと思い、

 その条件で通して参りました」


俺は肩をすくめた。


「あぁ。全く問題ない」


侍従長は少しだけ表情を緩めた。


「それと、例のドワーフの件です」


「あぁ」


「国同士の取り決め、

 滞在場所の建築などを含めて……」


侍従長は少し間を置いた。


「最短で三ヶ月ほどかと」


「そんなもんだろ」


俺は椅子にもたれた。


「例の件もある。

 教会は手を出さないはずだ」


「しかし――」


侍従長の声が、少し低くなる。


「問題は、他の評議会が

 魔石を嗅ぎつけないかどうかです」


俺は軽く笑った。


「ザッツがいる。

 何とかなるだろ」


侍従長は、わずかに眉を寄せた。


「……余り、軽く見るのは

 よろしくないかと」


「?」


「平時であれば、

 野蛮なやり方は控えられます」


侍従長は静かに続ける。


「しかし今は戦時中です。

 見方を変えれば――」


その目がわずかに鋭くなる。


「やりようは、いくらでもあります」


俺は少しだけ考えた。

そして、ふと思い出す。


「なぁ」


侍従長が顔を上げる。


「その件も踏まえてなんだが……

 二つ、質問だ」


「何でしょう?」


「まず……」


俺は腕を組んだ。


「勇者ユウキ」


侍従長の表情が、ほんの少しだけ固くなる。


「……どうだった?」


短い沈黙。

そして侍従長は答えた。


「やはり――放置されております」


俺は小さく息を吐いた。


「議事録は?」


「確認しました」


侍従長は続ける。


「処遇について、

 イロハ殿やカイム殿の意見を

 聞こうとはしていたようです」


俺は少しだけ笑った。


「好都合だ」


侍従長は何も言わない。


「じゃあ次だ」


俺は茶をもう一口飲む。


「酒」


侍従長が瞬きをする。


「……酒ですか?」


「税金取ってるか?」


侍従長は頷いた。


「はい。酒税は徴収しております。

 嗜好品ですので」


俺は顎に手を当てた。


「で、」


「はい?」


「ドワーフって酒好きだよな?」


侍従長は少しだけ笑った。


「はい。

 ドワーフの皆さんは大の酒好きです」


そして少し首を傾げる。


「……もしや、また何かお考えが?」


俺は立ち上がった。

窓の外を見る。


子供達が庭を走り回っている。

ザッツが怒鳴っている。


変わらない光景だ。


「前にも言っただろ?」


俺は言った。


「ここを――」


孤児院を見渡す。


「"無ければ困る場所"にするって話だ」


侍従長の目が細くなる。


「なるほど……ということは――」


少しだけ笑う。


「お作りになる、と?」


俺は頷いた。


「まずは試作だな」


少し笑う。


「歓迎会には酒が要る」


侍従長は少し楽しそうな顔をした。


「ちなみにお酒は――」


指を折りながら言う。


「エールですか?

 それともワインに?」


俺は首を振った。


「いや」


少しだけ笑う。




「バーボンだ」




侍従長は一瞬、言葉を失った。






その頃——


庭ではザッツが叫んでいた。


「だから片足だって言ってんだろ!!」


「ズルいー!」


「ズルじゃねぇ!!」


子供達の笑い声が、

孤児院の空に広がっていた。


そしてその日。


誰もまだ知らなかった。


この小さな孤児院が――


やがて国の酒を変え、

経済を動かし、

戦争の形すら変えることになるなど。


まだ、誰も。


イロハ自身も。

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