【第5部 幕間】第3話 神の沈黙
暗い部屋だった。
窓はない。
石の壁。
中央に、椅子がひとつ。
その椅子に、男が縛り付けられている。
かつて――
国務卿と呼ばれていた男だ。
顔は腫れ上がり、唇は裂けている。
しかし、
それでも男は、笑っていた。
「……ふ、ふふ」
震える声。
「女神様……」
頭を垂れる。
「お助けください」
沈黙。
「私は……」
喉が鳴る。
「あなたのために働いてきた」
目を閉じる。
「この国を動かし、
教義を広め、
戦争を起こし、すべて――」
声が震える。
「あなたの御意思のままに……」
部屋には誰もいない。
ただ声だけが石壁に反響する。
「女神様……」
沈黙。
「女神様……」
返事はない。
男の声だけが、虚しく響く。
「女神様……」
やがて――
祈りは、嗚咽に変わった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その頃——
人間界の空より、遥か上。
大きな水晶が佇む部屋。
そこに、女神は立っていた。
人の心――
欲望――
怒り――
恐怖――
それらは魔素となり、
水晶に集まる。
空間に映し出された映像。
椅子に縛られ、妾を呼ぶ男——
「……愚かな奴じゃ」
国務卿の祈りなど、聞く価値もない。
あれはもう――
「……使えない」
映像を変える。
「駒は、いくらでもいる」
女神は視線を落とした。
人間の世界。
そこにはまだ、無数の”澱み”がある。
怒り――
復讐――
恐怖――
憎悪――
ふと思い出し、
魔族領の孤児院を映す。
「……イロハ」
小さく呟く。
孤児院の魔素は澱みがない。
負の感情が極端に少ない。
魔素の質が悪い。
――やはり、あの存在は、邪魔だ。
流れを乱す。
国務卿を潰した。
――妾の教えを、どう上書きするか分からん
戦争は――
まだ終わらせてはならない。
「魔族が使えぬのなら――」
小さく笑う。
「人間を使うまでじゃ」
映像に映る男――イロハ。
「……」
映像を切る。
「勇者は……」
女神は目を細める。
「また呼べばよい」
微笑む。
冷たい微笑みだった。
「奴の足止めになれば充分じゃ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
暗い尋問室——
男はまだ祈っている。
「女神様……」
返事はない。
「女神様……」
石壁に声が反響する。
「……女神様」
沈黙。
神は、何も答えなかった。




