【第5部】第33話 体操のお兄さん
スズの部屋を出て、廊下を進む。
後ろからカイムが追いかけてきた。
「教会はどうなった?」
足を止め、カイムを見る。
「問題ない。侍従長が対応している」
「そうか……」
カイムは息を飲み、静かに聞いた。
「……国務卿は、どうした?」
「安心しろ。殺しはしない主義だ」
カイムが小さく息を吐いた。
「大人のゲームをやった、それだけだ」
「あぁー……
なんか怖いから、そのゲームの事は聞かんぞ」
「分かってる。”何を喋ったか”、だろ?」
俺は掻い摘んで話をした。
魔石——
教会の献金——
戦争——
増え続ける孤児——
そして、梅毒の嘘——
一通り話した後、
廊下をゆっくり歩き出す。
カイムとの話は続いた。
「……なるほどな」
「お前の国、色々と面倒くさいな」
「教会の黒い噂は前々から合ったが……
梅毒はお前の言った通りだな」
「だろ?」
「この情報をどうするんだ?」
「別に。
一応、魔王のオッサンに報告はする」
そして、
ホールに辿り着く。
カイムの眉間に皺が寄った。
「……なぜ、ザッツがここにいる?」
ホールに入ると、ザッツが椅子に座っていた。
腕を組み、足を組み、完全にくつろいでいる。
ザッツは俺を見ると眉を上げた。
「遅いな」
「紹介しておく」
俺はカイムを見る。
「新入りのポチだ」
ザッツの眉が跳ね上がる。
「そろそろ……いい加減にしろよ?」
俺は肩をすくめた。
「そう言うなら侍従長に言え」
ザッツが顔をしかめる。
カイムが二人を見比べた。
しばらく沈黙。
それから言う。
「まぁ……」
少し笑う。
「和解?というか……
仲が良い様にしか見えないのは分かった」
「どこがだ」
ザッツが即座に返した。
俺は無視する。
「明日紹介する」
「紹介?」
「仕事だ」
ザッツが怪訝そうな顔をした。
翌朝——
孤児院のホールには、子供達が集まっていた。
十八人。
いつもの騒がしさだ。
スズもいる。
少し顔色はまだ白いが、立っている。
「イロハー!」
「今日は何するのー?」
「腹減ったー!」
――うるさい。
俺は手を叩いた。
「静かにしろ」
少しだけ静かになる。
「今日はな……」
俺は横を見る。
ザッツが立っている。
腕を組んだまま。
「今日から新しい先生が増える」
子供達の目が輝いた。
「先生!?」
「誰!?」
「強い人!?」
「……ザッツ先生だ」
俺は言う。
「ザッツ先生は運動を教えてくれる」
少し間を置く。
「体操のお兄さんだ」
ザッツが固まった。
そして、ゆっくり俺を見た。
「……な!?
先生!?俺が?……体操??」
俺は首を傾げた。
「あぁ、そうか。
体操のお兄さん知らないのか」
子供達も不思議そうな顔をしている。
俺は説明する。
「体操のお兄さんはな、
どんなに朝が早くても……
どんなに疲れていても……
子供達の前では常に元気で爽やかなんだ」
ザッツを見る。
「ザッツ。
まさにお前だ」
「どこがだ」
俺は続ける。
「それに、
お前は原色が似合いそうだ」
ザッツの顔が引きつる。
「体操のお兄さんは原色を好む」
「意味が分からねぇ」
「とりあえず――」
俺は子供達を指す。
「明るく元気に“お兄さん”として挨拶してくれ。
最初の仕事だ」
ザッツは黙った。
完全に黙った。
俺は一言付け加える。
「……再戦——」
少し間。
「——したいんだろ?」
ザッツの額に青筋が浮いた。
「クソっ!」
俺を睨む。
「後で詳しく説明しろよ!」
ザッツは子供達へ振り向いた。
深呼吸。
そして――
「みんなー!」
声を張る。
「元気〜!?」
子供達が一瞬固まる。
それから、
「「「元気ー!!」」」
大合唱。
一人の子が言った。
「ちょっと怖い!」
「怖くねぇ!」
ザッツが即座に返した。
ホールが笑い声で満ちた。
しばらくして、
子供達が外へ走っていった。
ホールには俺とザッツだけが残る。
ザッツが振り返る。
「説明しろ」
「何をだ?」
「何をだ、じゃねぇ!」
ザッツが指を突きつける。
「先生ってなんだ!
体操のお兄さんってなんだ!」
「雇用だ」
俺は言う。
ザッツが止まる。
「……あ?」
「再戦条件」
俺は椅子に座る。
「雇用したら再戦する、
そう約束したよな?」
ザッツが腕を組む。
「……した」
「雇用ってことは」
俺は続ける。
「労働条件がある」
沈黙。
ザッツの眉が寄る。
「……で?」
俺は外を見る。
子供達が走っている。
「子供達に、
”楽しく”、”遊びの中”で、
体力と体の使い方を教える」
ザッツの顔が固まった。
「……は?」
「それがお前の仕事だ」
沈黙。
かなり長い沈黙。
ザッツが言う。
「俺は元軍人だぞ」
「知ってる」
「子供の相手なんてしたことねぇ」
「だからだ」
ザッツが俺を見る。
「分からなくなったら」
俺は言う。
「ちゃんと俺に聞け。
それに――」
少し間を置く。
「お前、強くなりたいんだろ?」
ザッツの目が細くなる。
「だったら、
かなり勉強になるぞ?」
沈黙。
ザッツは天井を見た。
頭をかく。
大きく息を吐く。
それから笑った。
「わかったよ」
俺を見る。
「やってやるよ」
ザッツは外へ歩いていく。
子供達の声が聞こえる。
「ザッツ先生ー!」
ザッツが振り向く。
「先生じゃねぇ!」
少し間。
「お兄さんだ!!」
ザッツは子供達の方へ歩いていった。




