第13話 固定概念は、足元に落ちている
夕方。
老夫婦の店は、今日も静かだった。
鍋の中で何かが煮えている音と、
包丁の一定のリズム。
席に座ると、主人が声をかけてくる。
「今日は、少し疲れている顔だね」
「まあ、な」
そう答えて、湯気の立つ皿を見る。
――今日も鹿肉、か。
香草と一緒に煮込まれている。
匂いだけで、もう腹が鳴った。
一口。
……やっぱり、うまい。
噛むほどに、力が戻ってくる感じがする。
少し間を置いて、聞いてみる。
「この町にさ……布で、こう……伸びるやつってない?」
主人と女将が顔を見合わせる。
「伸びる布? 聞いたことないねぇ」
「包帯みたいに巻いて固定するんじゃなくて……
動きながら、支える感じのやつ」
女将は首を振った。
「布は布だよ。伸びたら弱くなる、ねぇ?」
「そりゃそうだ。弱くなるもんは、使わんな」
――なるほど。
この世界では、
“伸びる”=“劣化”なんだ。
固定はする。
補助はしない。
壊れる前提が、ない。
「そっか……ありがとう」
それ以上、聞くのはやめた。
食事を終え、礼を言って店を出る。
空は暗く、街の灯りが揺れている。
――やっぱり、自作か。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
宿屋の部屋。
ベッドに腰を下ろし、天井を見る。
木目。
低い天井。
静けさ。
「――熊に、殺されかけたな……」
バンテージはない。
弾性素材もない。
そして、今日の熊を振り返る。
「魔法に合わせてたら、いつか死ぬ……」
なら、どうする?
――そもそも。
なんで、手の平から出してる?
この世界の魔法使いは、みんなそうだ。
……まだ二人しか見てないが。
ギルドで聞いた話も、手本も、全部。
だが――
――手の平って、不安定だよな。
末端。
小さい関節。
反動、直撃。
ファイアーボールを放つたびに、
手首、肘、肩、全部に無理が来る。
――これ、身体の使い方として最悪だ。
じゃあ、別の動きは?
頭の中で、映像が切り替わる。
――スポーツ動作なら……
バレーのアタック。
サッカーのキック。
投球動作。
共通点は――
地面反力。
近位から遠位。
全身連動。
――これだ。
魔法を「撃つ」んじゃない。
魔法を「乗せる」。
肩だけじゃない。
腕だけじゃない。
脚、体幹、重心移動。
――これなら、反動は分散できる。
遠距離なら――
走りながら……
カーブを描いて……
遠心力を使って、トルクに変える。
威力も、方向も、制御できる。
――対魔物なら、これで十分だ。
じゃあ、
対人戦は?
ふと、別の映像が浮かぶ。
――ドラゴンボール。
空中で、足の裏からかめはめ波。
「……あれだ」
魔法を攻撃に使わない。
推進力に使う。
足の裏から放つ。
地面反力+魔法。
一気に距離を詰める。
相手の間合いを、壊す。
魔法使いと思わせて、
中身は――近接。
「……失敗したら、足首終わるな」
苦笑する。
だが。
――理屈は、通ってる。
対魔物は、遠距離。
対人は、加速。
用途で、使い方を変える。
魔法を一つとして扱うから、無理が出る。
用途別に設計すればいい。
「……この世界、雑なんだよな」
誰のための魔法か。
何に使う魔法か。
そんな話は、どこにもない。
「なら……自分で作るか」
ベッドに横になり、目を閉じる。
明日。
外で、試す。
壊れない範囲で。
理屈が通る範囲で。
異世界生活は、
少しずつ――
自分の形になり始めていた。




