【第5部】第26話 夜の訪問者
夜――
孤児院の灯りは、ほとんど消えている。
子供達はもう寝ている。
小さな廊下に、足音が響く。
スズだった。
手には布袋。
中には小さな瓶がいくつも入っている。
サポナリアの液体。
明日の製造分の準備をしていた。
「……よし」
小さく呟く。
これが孤児院の収入になる。
子供達の食事。薬。布。
全部ここから生まれる。
ふと窓の外を見る。
夜の庭。
風で木が揺れている。
その時、
コンッ――
小さな音。
扉の方からだった。
スズは眉をひそめる。
――こんな時間に?
カイムさんは外の見回り。
イロハは、
侍従長のシュルームさんの所から
まだ戻っていない。
そしてもう一度、鳴る。
コンッ――
静かな音。
スズはゆっくり歩き出し、
扉の前で止まった。
「……誰?」
外から声がした。
「教会の者です」
男の声だった。
「イロハ殿に用があります」
スズは黙る。
――イロハに?
――こんな時間に?
扉越しに言う。
「イロハはいないよ」
男は答えた。
「承知しています。
だから来ました」
スズは眉をひそめる。
「……どういう意味?」
男は言った。
「彼が倒れました」
一瞬、呼吸が止まる。
「……え?」
カイムさん……のこと?
「近くの通りで、
急に倒れたのです」
スズの手が扉に触れる。
「あなたに知らせろと」
男の声は落ち着いていた。
違和感——
でも……
もし……
ほんの一瞬。
迷う。
スズは言った。
「……倒れた人は、誰?」
外が静かになる。
次の瞬間。
ドンッ――!!
扉が内側に吹き飛んだ。
「っ!」
黒い影が二つ。
スズの腕を掴む。
「離して!」
必死に暴れる。
しかし力が違う。
男の一人が言った。
「違和感に気づけた。こいつだ」
「あぁ。連れて行くぞ」
口を布で塞がれる。
「んっ!」
声が出ない。
スズの視界が揺れる。
男が言った。
「殺さないだけ、ありがたいと思え」
スズは必死に抵抗する。
足で蹴る。
爪を立てる。
しかし。
体に力が入らない。
前より元気になったはずなのに。
男が呟く。
「弱いな」
スズの視界がぼやける。
孤児院の天井。
木の梁。
いつも見ている場所。
心の中で呟く。
――イロハ……
声にならない。
そのまま。
スズは闇に消えた。
しばらくして、
カイムが戻ってきた。
庭を歩く。
「……ん?」
扉が壊れている。
目が細くなる。
警戒――
そっと、中へ入る。
床。
足跡。
そして――
落ちていた布袋。
中には泡立った液体が入った瓶。
――サポナリア?
カイムの顔が変わる。
「……まずい」
廊下を走る。
突き当りの一室。
勢いよくドアを開ける。
「スズ――!?」
その時、
外から声がした。
「カイム、どうした?」
イロハだった。
スズの部屋の前で、
イロハは立ち止まる。
カイムは振り返る。
少しの沈黙。
そして言った。
「……攫われた」
空気が止まる。
イロハは一言。
「誰だ」
カイムは答える。
「たぶん、教会だ」
沈黙。
風だけが庭を揺らす。
イロハの目が
ゆっくりと細くなった。




