【第5部】第25話 教会の論理
重い扉が閉まった。
教会本部——
国務卿の執務室だった。
長い机の向こうで、
国務卿はゆっくりと手袋を外す。
静かな声が響く。
「……報告を」
側近の男が一歩前に出た。
「孤児院の件ですが、
すでに調査を終えています」
国務卿は椅子に深く座る。
「早いな」
「はい」
男は淡々と続けた。
「結論から申し上げます。
教会からの正式な圧力は、使用できません」
沈黙。
国務卿の指が机を軽く叩く。
「理由は?」
「孤児院は――」
男は資料を差し出した。
「——魔王様の保護下にあります」
国務卿の眉が僅かに動く。
「……魔王?」
「はい」
男は続ける。
「さらに、
制度管理は魔王の侍従長が担当しています」
国務卿は資料をめくる。
目が細くなる。
「行政監査――」
「孤児院支援制度――」
「後方支援部隊の後援――」
資料を机に置く。
「——徹底しているな……」
男は頷いた。
「はい。
よって、孤児院に手を出した場合——」
男は言った。
「——国家制度への干渉になります」
静かな部屋。
国務卿は椅子にもたれた。
「……なるほど」
指を組む。
「厄介だな」
しばらく沈黙。
やがて国務卿は言った。
「魔王は優秀だ……だが、」
目が細くなる。
「神には敵わない」
側近は黙っている。
国務卿は机の上の資料を見る。
そこには一行だけ書かれていた。
『魔石生成』
国務卿の目が光る。
「魔石……」
静かに呟く。
「自然の奇跡。
それを、人間が作る」
椅子から立ち上がり、
窓の外を見る。
「理解しているか?」
誰にともなく言った。
「これは、
国家の構造を変える」
振り返る。
「軍——」
「都市——」
「輸送——」
「魔道具——」
「——その、すべてが変わる」
沈黙。
国務卿は小さく笑った。
「金貨十万か……安い」
男が目を上げる。
国務卿は続けた。
「国家規模なら安い……だが、」
少し笑う。
「それを私個人で持つのは……」
目が細くなる。
「悪くない」
静かな笑いだった。
やがて国務卿は言った。
「では、方法を変える」
男が顔を上げる。
「……と言いますと」
国務卿は机の端を軽く叩いた。
「合法が無理なら、非合法だ」
側近は頷いた。
「候補があります。
暗殺。拉致。孤児院襲撃」
国務卿は首を振る。
「襲撃は愚策だ。
魔王の制度が動く」
少し考える。
「暗殺も……微妙だな。
勇者を倒した男だ。奴は強い」
沈黙。
やがて国務卿は言った。
「孤児院には、子供が多いな」
側近は頷く。
「はい」
国務卿は静かに笑った。
「人は、自分の命より――」
一拍。
「——守るものを優先する」
机の上の資料を閉じる。
「攫え」
男が目を細める。
「子供を、ですか」
国務卿は頷いた。
「一人でいい」
男が言う。
「対象は?」
国務卿は窓の外を見た。
街の光と遠くの闇。
「孤児院の中で、
一番、奴に近い者——」
静かな声だった。
「——それを攫え」
男は頭を下げる。
「承知しました」
国務卿は小さく笑った。
「さて……
どんな顔をするかな」
ゆっくり呟く。
「イロハ殿」
窓の外で、
夜風が街を揺らしていた。




