【第5部】第24話 来訪者
孤児院の庭は、今日も騒がしい。
子供達が走り回り――
スズが怒鳴り――
カイムが笑う――
穏やかな昼下がりだった。
その時――
門の外で、
馬車の止まる音がした。
子供達の動きが止まる。
静かな庭に、
鎧が擦れる音が響いた。
重く、
規則正しい足音。
門をくぐってきたのは、
黒い外套をまとった騎士達だった。
一人——
二人——
三人——
その後ろから、
上質な衣服を着た男が歩いてくる。
白髪の男。
穏やかな笑みを浮かべている。
だが、
子供達の空気が、明らかに変わった。
「……」
スズがすぐに動いた。
「ほら、みんな。中に入ろうか」
「え?」
「いいから。ほら」
子供達を屋内へ誘導していく。
カイムが小さく呟いた。
「……あいつ」
俺は騎士達を見た。
「どうした?」
「あいつ……」
カイムの声が低くなる。
「もしや……軍にいたザッツか?」
俺は騎士達の歩き方を見る。
ゆっくり。
だが。
――無駄がないな。
「知り合いか?」
「いや」
カイムは首を振る。
「ただ、魔族軍でも指折りの強さだった」
俺は視線を騎士達に戻す。
「他のやつも……まぁそうだろうな」
カイムが驚く。
「分かるのか?」
「歩き方」
「歩き方?」
「重心移動が少ない」
俺は淡々と言った。
「体幹で動いてる。無駄がない」
「……」
「相当鍛えてるな」
カイムが苦笑する。
「相変わらず変な見方をするな」
その時——
白髪の男が、ゆっくりと歩み寄ってきた。
柔らかい声だった。
「素晴らしい孤児院ですね。
子供達の表情が、とても良い」
俺は男を見る。
「……誰だ?」
男は軽く頭を下げた。
「急に失礼しました。
私は、本教会の国務卿を務めております」
カイムの眉が僅かに動く。
国務卿は周囲を見回した。
「噂は聞いております。
孤児院を運営する”人間”がいる、と。
それがまさか、勇者ユウ――」
俺は言葉を遮る。
「やめろ」
騎士達の視線が動く。
俺は施設を見た。
子供達が窓から不安そうに覗いている。
「神の名を信じる者だろ?」
国務卿が目を細める。
「……ええ」
「なら――」
静かに言う。
「——子供をビビらせるな」
俺はゆっくり立ち上がる。
「場所を変える。ついて来い」
孤児院の庭の奥へ移る。
人気の無いベンチ。
俺は座る。
カイムは腕を組んで横に立った。
国務卿も静かに腰を下ろす。
騎士達は少し離れて立っている。
しばらく沈黙。
やがて国務卿が口を開いた。
「あなたが……イロハ殿ですね」
「そうだ」
「魔石を製造しているそうですね。
そして勇者を圧倒する力……」
国務卿は静かに続ける。
「素晴らしい才能です。
ところで、あなたは理解していますか?」
「……何をだ?」
「魔石とは――」
国務卿は言った。
「国家のエネルギー!軍事!経済!
――そのすべてを支える存在です」
少し身を乗り出した。
「それを、あなたは、作る」
沈黙。
「これは、個人の力ではありません。
――国家の資産です」
「……」
「それに……
孤児院で管理するのは、何かと危険では?」
国務卿の目が冷える。
「だからこそ、
教会の管理下に置く必要があります」
カイムが呟く。
「管理?」
国務卿は気にしない。
「女神の御意思です」
俺は首を傾ける。
「……会ったことあるのか?」
国務卿は穏やかに笑う。
「いいえ。
神とは人前に姿を現さないもの」
「……」
「しかし、
私の家系は代々、女神のお言葉を授かります」
俺は少し考えた。
そして言った。
「……女神の好きなもん知ってるか?」
国務卿が瞬きをする。
「世界の平穏では?」
俺は首を振る。
「甘味だ。
皿舐めるほど好きだ」
カイムが吹き出しそうになる。
俺は続ける。
「お供えに甘味、増やしてやれ」
国務卿の目が見開かれる。
「まさか……」
身を乗り出す。
「あなたも、お告げを聞けるのですか?」
俺は肩をすくめた。
「さぁな」
立ち上がる。
「話は終わりだ」
国務卿は静かに言った。
「待ってください。
魔石、いくらでお売り頂けますか?」
俺は振り返らない。
「一個——金貨十万」
カイムが小声で言う。
「……こそっと値上げしたな」
国務卿は微笑んだ。
しかし、
その目は笑っていない。
国務卿もゆっくり立ち上がり、
俺を見つめる。
「なるほど。
神の意思に背く……ということですね」
そして、軽く頭を下げる。
「分かりました。
今日の所は、これで失礼いたします」
ゆっくり歩き出す。
数歩進んだところで足を止めた。
振り返らずに言う。
「夜道には」
少し間が空く。
「十分、お気をつけ下さい」
騎士達が踵を返す。
鎧の足音が遠ざかる。
やがて、
馬車の音も消えた。
静かな庭に、
風だけが残った。
カイムが呟く。
「……厄介なのが来たな」
俺は空を見上げた。
「面倒ばかり増やすな、あの女神は」
青空が広がっていた。




