【第5部】第23話 神の声、金の匂い
石造りの廊下に、足音が響く。
高い天井——
磨かれた床——
壁には女神の紋章——
教会本院。
男は深くフードを被ったまま、
扉の前で膝をついた。
「報告です」
中から、落ち着いた声が返る。
「入れ」
扉が静かに開いた。
部屋の奥、
大きな机の向こうに、一人の男が座っている。
教会国務卿。
女神の声を聞く家系。
その席は、代々世襲だった。
男は跪いたまま言う。
「魔族領内に、
新しく孤児院が出来ました」
国務卿は書類から目を上げない。
「孤児院なら、いくらでもある」
「ですが……問題はそこではありません」
国務卿の手が止まる。
「では何だ」
男は顔を上げた。
「魔石です」
沈黙。
国務卿はゆっくりと視線を向ける。
「魔石?」
「はい」
「孤児院で?」
「はい」
国務卿は椅子に背を預けた。
「魔石は希少だ」
国務卿は手を握り、
拳をフードの男に見せつける。
「この大きさで、金貨千枚だぞ?」
「……存じております」
「戦場跡や災害地でしか採掘されないはず。
……それを孤児院が?」
男は小さく頷いた。
「私もそう思いました。
ですが……」
喉を鳴らす。
「数十個ありました」
空気が変わった。
国務卿の視線が鋭くなる。
「数十……」
「はい。しかも……」
男は続けた。
「作っていました」
沈黙。
国務卿はしばらく動かなかった。
やがて、小さく呟く。
「作る……だと?
魔石を、か?」
「はい」
男は目を伏せる。
「一人の男が、
その場で魔石を生み出していました」
長い沈黙。
窓の外で、風が鳴る。
国務卿はゆっくりと立ち上がった。
歩きながら、呟く。
「魔石……」
思考が回る。
魔道具——
結界——
兵器——
金——
それも、莫大な金。
もしそれが本当なら――
世界が変わる。
金の流れが。
国務卿の口元が、わずかに歪む。
「神の祝福……かもしれぬな」
男は顔を上げる。
「祝福、ですか?」
国務卿は窓の外を見た。
遠くに見える都市。
その全てが、金の流れで動いている。
「灯りが増えれば、街は広がる。
魔道具が増えれば、商業は膨らむ。
そして――」
振り返る。
「魔石は、戦争を変える」
男は何も言わない。
国務卿はゆっくり席に戻った。
「その孤児院、
新規の施設だったな」
「はい」
「……ふむ」
国務卿は顎を撫でる。
「もう一つ、妙な事があります」
「ほう?」
男は言った。
「孤児院の管理者です」
「何者だ?」
一拍。
「人間です」
国務卿の眉がわずかに動く。
「……イロハ、という名か?」
「はい」
部屋の空気が、わずかに冷えた。
国務卿は指を組んだまま、天井を見上げる。
――勇者を、取り押さえた人間か……
女神の言葉がよぎる。
『異邦の者に気を付けよ』
昔、確かにそう聞いた。
――あれは……何年前だったか。
国務卿は静かに目を閉じる。
祈りの形。
だが――
思考は祈りではなく、
計算をしていた。
やがて目を開く。
「面白い」
男は顔を上げる。
「国務卿?」
国務卿は微笑んだ。
「神の祝福か、それとも――」
指で机を叩く。
「——異端か」
沈黙。
国務卿はゆっくり言った。
「会ってみよう」
男は息を呑む。
「直接、ですか?」
国務卿は頷く。
「騎士修道会を準備しろ。
視察という形にする。
……孤児院なら、問題あるまい」
男は深く頭を下げた。
「承知しました」
男が部屋を出る。
一人になった国務卿は、静かに呟いた。
「もし本当に作れるなら……」
目は笑っていない。
「これは神の奇跡だ」
そして、
小さく付け加えた。
「金になる奇跡だがな」
窓の外——
夜の街に、灯りがともる。
その灯りを見ながら、
国務卿はゆっくりと、再び祈りの形を取った。
「女神よ」
声は静かだった。
「これは、あなたの導きでしょうか」
部屋には、何も答えない沈黙だけが残った。




