【第5部】第21話 灯りの値段
屋台の湯気が、夕暮れの空に溶けていく。
屋台飯の香ばしい匂い――
甘味の甘い香り――
子供達の声——
銅貨の触れ合う乾いた音——
孤児院は、もう“施設”ではなかった。
市場だった。
「……無事、開業できたようですね」
背後から、落ち着いた声。
振り返らなくても分かる。
「侍従長か?」
「えぇ……子供たち、楽しそうですね」
侍従長は俺の隣に立ち、子供たちを眺めている。
開業時から、物珍しさで集まった客。
味はこの世界の物ではない。
珍しくて当たり前。
胃袋を掴むに、時間はかからない。
一言で、この状況を言うなら――
大盛況。
「お前も、何か食ったか?」
「ええ。パンケーキと焼き小麦を」
「焼き小麦の、生地の粘りはどうだった?
モチモチか?シットリか?」
「シットリ……でしょうか?」
「そうか……」
俺はそれだけ言って、屋台の列を見る。
侍従長は首を傾げながら、俺の顔を見ていた。
――やはり、山芋が足りんな。
人気の無い、
孤児院外れのベンチ――
「本日は、閣下からの言伝で参りました」
空気がわずかに変わる。
「戦争が始まりました」
屋台の鉄板が遠くで鳴る。
ジュウ、という音。
俺は正面を見たまま、
「そうか」
それだけ。
「評議会が主導です。
規模縮小という閣下の意向は――」
「まぁ……無視だろうな」
侍従長は黙る。
俺は、ようやく侍従長を見る。
「で?」
「……この孤児院の仕組みを、
魔族領全域に展開できないかと」
「真似はいくらでもしろ」
即答だった。
「だが、経営は俺はしない。
自営自走はそっちで考えろ」
「承知しております」
「俺からも1つ、いいか?」
俺はおもむろにマジックバッグから取り出す。
「これだ」
俺は半透明の石を侍従長に差し出す。
「魔石、ですね。
濁りが少ない……かなり高純度ですね。
こちらが、いかがしました?」
俺は右手を突き出し――
魔力が体を流れ――
右手から空間を包む様に――
ピキッ――!!
「!?」
トン――
空間に現れた石は、地面を転がった。
「俺が作ったんだ」
「……これは、いや、どうして……?」
「予想だが……
俺は魔力の調整が出来ない。0か100だ」
「えぇ」
「空間に全開の魔力が流れた」
「……」
「空気中の魔素が劇的に状態が変わった」
「どういうことです?」
「水が一定の温度で氷になる。」
「……つまり?」
「相転移だ」
侍従長は目を見開く。
「……なるほど。
魔素が"別の状態"に変わったと」
侍従長も腕を伸ばし、
魔力を込めるが……何も起きない。
「ふむ。
私には無理な様ですね」
「多分、リミッターだ。
魔力の制御装置が俺にはない」
「それで……0、100ですか」
「あぁ」
侍従長は手を顎に置き、
しばし、思考した。
「……軍に渡ることを懸念しております」
「分かってる」
「軍は、欲しがります」
俺は鼻で笑った。
「欲しいなら、売るぞ?」
侍従長の目が細まる。
「一個、金貨五万だ」
静寂。
「魔法完備なら十万」
「……法外な値段ですね」
「買いたきゃ払え。
払えるもんなら払ってみろ、だ」
侍従長は、しばらく何も言わなかった。
俺は、屋台の灯りを見る。
柔らかく、でも活気のある光。
「灯りを消す奴には売らん」
侍従長がゆっくり質問をする。
「ではどのようにお考えで?用途は?」
「まずはインフラだ」
俺は指を折る。
「灯り。水。衛生。保存」
「軍事ではなく?」
「生活だ」
即答。
「戦争の道具にする気はない。
生活の質を上げるだけだ」
子供が魔石灯の下で笑う。
それが答えだ。
「その場合の金額は?」
「五百だ」
価格差が、夜風に沈む。
「……ちなみに、」
侍従長が首を傾げる。
「全域展開するなら、格安で売ってやるぞ?」
「……条件は?」
「魔石は本院のみ製造。転売は禁止だ」
侍従長は小さく頷いた。
「それと……」
「それと?」
「この孤児院と、
人間国のテロワール城国内、ロカ・フォルテの街。
そこの孤児院と交易させろ」
「……戦時中にですか?」
「だからだ」
「……」
「”民意を集めろ”って、
魔王のオッサンに言ったよな?
敵国同士の孤児院で関係を結ぶ。
それは戦争と、ほど遠いだろ?」
「確かに、そうですが……
いや、貴殿の事です。
本当の狙いがあるのでは?」
「……山芋だ」
「は?」
「そろそろストックが切れる」
俺は屋台を見る。
「魔族領じゃ流通が薄い。交易が必要だ」
プッ――!
「ハッハッハ!!
やはり、貴殿は面白いお方だ」
「向こうは山芋が豊富だ。
それに、ソースも作っている」
「魔石と山芋を交換ですか!
魔石1個で山芋何個貰えるんでしょうね!」
「向こうの孤児院の院長は、信頼も信用もしている。
そこは、融通を利かせるつもりだ」
侍従長は、
涙目になった目をこすりながら、言った。
「分かりました」
侍従長は深く一礼する。
「閣下には、そのように」
「頼む」
俺はもう、侍従長を見ていない。
子供達の列を見ている。
金の流れ――
食の流れ――
光の流れ――
循環。
遠くで、戦鼓が鳴った気がした。
だが――
この灯りは、
金貨では買えない。
灯りの値段は、
消さないという意思だ。
孤児院の夜は、明るい。
戦争の外で――




