【第5部】第20話 流れの理屈
半透明の石が、地面に転がっている。
カイムがゆっくりと拾い上げた。
「……本物の、魔石だ」
指先に、淡い光が走る。
「魔力が循環している」
「流れてる、てことか?」
「……あぁ」
俺は石を見る。
――よく分からん。
分かるのは、
ムーンストーンの様に半透明、ということだけ。
「普通、魔石はどうやって出来るんだ?」
「高濃度魔素下での
自然圧縮と、言われていたが……」
「いたが?」
「ああ……さっきの魔素の話だ。
負の感情で魔素が活性化するって話……
戦場跡地、怨嗟の溜まる場所、
あと、災害地でもよく発掘される」
「負の感情、か」
「辻褄が合う」
カイムは頷く。
「だからこそ希少だ。そして高価だ」
「いくらだ?」
「拳1個分で金貨千枚。
ちょうどこのサイズだ」
――こんな石で、金貨千枚か……
「イロハ……お前、何をした?」
「何って、魔力流しただけだ」
カイムの眉が動く。
「流した?」
「全身を巡らせて、外に出した。
魔力を流す媒体が無いから、包むように」
言葉にすると、曖昧だ。
だが、感覚は明確だった。
溜めなかった――
握らなかった――
空間に巡らせた――
カイムは石を握り込む。
「……魔素は暴れていない、な」
「魔素は溜めると暴れるのか?」
「ああ。だから封じる。
閉じ込める構造で魔道具を作る」
沈黙。
子供達の笑い声が遠くで弾ける。
油の匂い。
甘い匂い。
カイムが低く言った。
「お前は……空間に、魔力を、流した」
「ああ」
「で、包んだ」
「多分な」
カイムの喉が鳴る。
「普通は、空間に魔力を流しても
何も起きないのだが……」
「出しきった、からか?」
「分からん、分からんが……」
一拍
「……これ、戦争を変えるぞ」
即答だった。
後方支援部隊とはいえ、カイムは軍人だ。
兵站——
冷却——
兵器駆動——
結界維持——
計算が走っている。
俺はカイムの手から石を取る。
少し眺めて、言った。
「……いや、売れるな」
カイムがゆっくりこちらを見る。
「売る?」
「孤児院だぞ、ここは」
石を掌で転がす。
軽い。
俺には、
ただのムーンストーンにしか見えないが……
「今はスズのシャンプーが、経営基盤になる。
……いつまでも、それに頼る訳にはいかん」
「なぜだ?」
「梅毒の治療薬が、無い。
今は進行を遅らせているだけだ」
「……」
「それに、
他の子供達の屋台が成功しても、
その売上だけで、
ここを維持させるのは難しい」
カイムは黙る。
俺は続ける。
「料理が苦手な子もいる。
火が怖い子もいる。
客前に出られない子もいる」
石を握り直す。
「カイム、魔石に魔法を流せば、
その効果が発揮出来る……のか?」
「あぁ」
「魔族は人間より魔法に長けてる、な?」
「そうだ。魔族はほぼ全員魔法は使える」
「なら…」
一拍
「子供でも、
魔法を流すだけなら、出来るな……」
「……可能かどうか、か?」
「ああ」
カイムは即答しない。
石を見つめたまま、答えた。
「理論上は可能だ。
だが――」
「だが?」
「孤児院から魔石を売り出せば、
ヤバい奴らに目をつけられる」
風が屋台の布を鳴らす。
俺は肩を竦めた。
「この施設、魔王のお墨付きだろ?」
カイムは笑わない。
「……それでも、だ」
俺は少しだけ、空を見た。
空気の中に、魔素がある。
目には見えないが……
そこには、ある。
「……何かあっても、何とかなるだろ」
一瞬——
カイムの視線が鋭くなる。
「お前で、か?」
俺は石を上空に放り、手の中で受け止める。
「設計で、だ」
「設計?」
「ヤバい奴がどんな奴かは知らんが……
土台から固める。
制度も制約も使う。
堀を固める。
石垣を積む、それだけだ」
「……武力行使じゃないのは、お前らしいな。
だが、相手が手を出してきたらどうする?
設計も思考も関係なくなるぞ」
「その時は、外交問題にするだけだ」
「……戦争に影響するぞ」
「知るか。
戦争は政治家の仕事だ。
それで、ここに飛び火するなら――」
「するなら?」
「ここを”中立”にするだけだ」
カイムは何も言わない。
遠くでスズが叫ぶ。
「そこー!
オジサン達も動きなさーい!」
俺達は苦笑いしながら、
作業を再開する。
子供達の歓声——
料理の臭い――
ラベンダーの香り――
手の中の石は、
確かに存在している。
この石は――
――戦争より先に、子供を救う




