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【第5部】第19話 落ちたもの

庭の向こうで、スズが声を張り上げている。


「焦げる!ひっくり返して!」


子供達の笑い声。

甘い匂い。


その横で、

俺とカイムは屋台の柱を組んでいた。


「売り場は、通りに向けるんだよな?」


「あぁ」


「商業ギルドには話は済んでるのか?」


「知らん。

 侍従長がやってるだろ」



トン、トン――



釘を叩く音が響く。


「釘、曲がってるぞ」


「軍人は細かいな。

 そういえば……俺の監視と、

 梅毒の監視は続いているのか?」


「任務完了の命も、新しい指令も受けていない。

 それに、戦争前だ。

 有耶無耶になってるんだろ」


「なるほど」


軽口を叩きながら、木材を固定する。


ふと、昨日の猫を思い出した。


「そういえば、猫に会った」


「は?」


「女神らしい」




カイムの手が止まる。




「……何の冗談だ」


「冗談なら良かったがな」



沈黙が落ちる。



遠くで油の弾ける音が聞こえる。


「……お前の話だ。

 嘘じゃないんだろ?」


「あぁ」


「……どんな話だ」


俺は掻い摘んで話をした。



魔素とは何か――


女神は世界を安定させたい――


あえて、”魔王を討て”の話はしない。



――話がこじれるからな。



「……なるほど。

 魔素は負の感情で増幅するのか」


「あと、甘味が好きだぞ?」


「……食べさせたのか?」


「皿、舐めるほどだ」


「……」


「なぁカイム」


「なんだ」


「教会って何を信仰してるんだ?」


「……女神だ。

 お前が会った女神かは、知らんが……」


即答だった。


「人間側も、か?」


「ああ」



――やっぱり面倒だな。



風が屋台の布を揺らす。


カイムが低く言った。


「……なぁ、イロハ」


「なんだ」


「お前——」


カイムが俺を見る。




「この世界の住人じゃないだろ」




手が止まる。


「焼き小麦、他の料理もそうだ。

 それに妙な洗浄剤、戦い方。女神と対峙……」


視線が真っ直ぐ刺さる。


「違うのか?」


「そうだが?」


「……」


カイムは目を細める。


「ずいぶん、あっさり言うんだな」


「お前を信用している」


それだけ言って、釘を打つ。




乾いた音が庭に響く。




しばらくして、俺は言った。


「ちなみに…

 魔素が高まると気温が上がるって言ってたな」


「さらっと、話題を変えるな」


カイムは小さく息を吐き、続ける。


「急に数ヶ月、暑くなることがある……

 ただ、魔素の影響とは知らなかった」


「冷やす方法は?」


「魔石を使う空調魔道具がある。

 ……だが、かなり高価だ。

 上流階級でも使ってるのは一握りだろう」


「魔石か……どう使うんだ?

 魔力を流すのか?」


「あぁ」


「そもそも魔力を流すって、どうやるんだ?」


カイムが近づく。

背後に立ち、肩に手を置く。


「魔力が、体の中を巡る感覚を意識しろ」



――テンプレ通りか。



静かな声。


「温まるのが分かるだろ?」


確かに、微かな熱が肩から広がる。

血液に乗る様に、全身に広がっていく。

まるで――



――セラピューティック・タッチだな。



俺は目を閉じる。


腕を正面に伸ばし、手を開く。



循環——


全身から流れる様に——



ただ、

今は、魔力を流す媒体がない



――ちょっとイメージ変えるか。



全身の流れを手の平から――


空間を包むように――



――流す。



その瞬間。



ピキッ――!!



乾いた音が鳴った。


風が止まる。


カイムの手が肩から離れた。


俺は目を開ける。

地面に、何かが落ちている。


半透明——

掌に収まるほどの石。


カイムの喉が、鳴った。




やってはいけない事をした気がした。




庭の向こうでは、


「できたー!」


と子供達が騒いでいる。


世界は普通に回っている。

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