【第5部】第18話 灯りが点る
孤児院オープン前日――
夕暮れの光が、瓶を透かしている。
俺は彫刻師に頼んだ瓶を
スズの部屋に運んでいた。
淡い琥珀色。
スズランの印が薄く彫られている。
スズは、指でそっと表面を撫でる。
「……本当に、売れるのかな」
その時――
扉が叩かれた。
「失礼致します」
魔王の侍従長が現れる。
「ミール伯爵夫人が、
例の品をお求めです。可能でしょうか?」
言葉の意味を理解するまで、数秒。
「は……い?」
「正式な依頼です」
その瞬間――
スズの目が揺れる。
言葉が出ない。
唇が震える。
「……売れる、んですか?」
「既に“売れております”」
静かに告げられたその一言で、何かが弾けた。
「……っ」
声にならない。
ただ、何度も頷く。
そこへ扉が勢いよく開く。
「スズ!」
カイムだ。
スズの前で腕を組み、
少し誇らしげに立っている。
「こっちも購入希望があった!」
「え?」
「革細工商人のマルクスさんだ!
娘に贈りたいそうだ!」
侍従長がわずかに目を見開く。
「マルクス殿と言えば……
王都屈指の商人。どの様な伝手で?」
カイムは無言で髪をかき上げる。
夕日を受けて、さらりと流れる。
「通りで声をかけられた。俺の髪を見てな」
沈黙。
侍従長がゆっくり頷く。
「……まぁ、結果良しと致しましょう」
――ナルシスト枠、確定か?
「おい、カイム」
「なんだ」
「営業、ご苦労」
「……検証の結果だ」
――真顔かよ。
スズが俺を見る。
目が潤んでいる。
でも、笑っている。
俺も笑った。
その笑顔は、
戦の気配より、ずっと強いと感じた。
翌日――
孤児院は、静かに開いた。
祝辞も、旗もない。
ただ、扉が開いている。
いつも公園にいた子供が覗き、
いつも腹を空かせていた子供が座る。
「ここ、使うか?」
「……いいの?」
「あぁ」
契約はそれだけだ。
その翌日。
孤児が増えた――
さらにその翌日。
また一人――
灯りは、派手には広がらない。
だが、確実に増えていく。
夜――
全員を食堂に集めた。
一口ずつ切り分けた、料理を皿に置く。
子供達の目の前に並べた。
甘味。
揚げ物。
焼き物。
屋台飯。
子供達の目が輝く。
「この中で、一番好きな物はなんだ」
笑いながら選んでいる。
俺は続ける。
「そして、自分で作りたい物を選べ。
食べながら決めろ」
空気が変わる。
遊びではなくなる。
真剣な目が皿を見つめる――
一つずつ、料理を食べる――
味を確かめる様に、ゆっくり噛む――
「……これ」
「私は、こっち」
「俺は肉」
「――選んだな?」
頷き。
「明日から、それを自分達で作れ。売れ」
静寂。
「売上ノルマは無い」
息を吐く音。
「一割だけ、ここに納めろ」
「残りは?」
「自由だ」
一瞬の沈黙のあと、歓声が爆発した。
「大金持ちになる!」
「自分の店持つ!」
「料理人になりたい!」
未来を口にする声。
俺は、静かに言う。
「自分の金は自由に使え。
何を買うのも、貯めるのも自由だ。
ただし、金の管理は甘く見るな」
振り返る。
廊下の先に立つ侍従長を指差す。
「困ったら、こいつに頼め」
「なぜ私ですか?」
「手続き管理はやってるだろ。
税もその延長線だろ?」
侍従長は目を閉じる。
やがて、開く。
「……承知致しました」
一歩前に出る。
「私、シュルームが担当致します。
困ったことがあれば、必ず相談なさい」
子供達がざわめく。
そして、俺は思った。
――シュルームって言うのか。今知った。
子供達の目には、
戸惑い、希望、不安、喜び……
様々宿っている。
だがその奥に、
確かな熱があった。
外では、戦の匂いが強まっている。
兵が動き、噂が広がり、恐怖が育つ。
だが、
この石造りの建物の中で、
別のものが生まれていた。
恐怖ではない。
欠乏でもない。
未来だ。
小さな灯りが、
確かに、点った。




