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【第5部】第17話 違和感



静寂――



猫の感覚が切断され、視界が消える。

白い空間に、妾はゆっくりと息を吐いた。


『……妙な男じゃの』


本来なら――


勇者は分かりやすい。


使命を与えれば燃える。

正義を語れば動く。

恐怖を見せれば覚悟を決める。


だが――


あの男は違った。


『理由は?』


最初に聞いたのは、それだった。


『魔王を討て』


そう言った時も、



決意も――


拒絶も――


怒りも――


恐怖も――



何も出なかった。


ただ、確認していた。



条件を――


構造を――


流れを――



妾は顎を手に置く。


『……戦わせにくいの』


思い出す。



戦争の話を振った――


環境の悪化を示した――


世界の危機を示した――



だが、返ってきたのは、



『戦争が起きるほど、魔素は濃くなる』



だった。


目的ではなく、結果。

正義ではなく、構造。


さらに。



『誰が回収してる?』



手から顎を外し、腕を組み直す



――あそこまで辿れた勇者は、おらん。



普通はそこで、

『僕が戦争を止めます』になる。


だが、あの男は違った。


追及を、止めた。



――自分で、止めた。



「……慎重じゃの」


そして最後。



――パンケーキ。



妾は少しだけ口元を緩める。


腰の痛みを取った。

恩を売った。


流れとしては、


“貸し → 要求”


になるはずだった。


だが――


『腰を治してくれた礼だ』


貸し借りを、消された。



――甘味に妾は満足した…



その状態で、



魔法の反動の話――


勇者の性能――


過去の召喚――


魔王の影響――


評議会の可能性――



気づけば、

こちらが答えていた。


「……」



沈黙。



ゆっくりと、背もたれに体を預けた。


『心理誘導……というほどではないの』


ただ。


感情を動かさず、

主導権だけを取る。


怒らせない。

興奮させない。

使命感も刺激しない。


その結果。


動かない。

操れない。


「……一番、面倒な型じゃ」


敵ではない。

協力もしない。


だが。


利用できる可能性はある。



あるが――



「……利用の仕方、じゃな」



空間に、映像を開く。


観測。



まず、人間領――


不安。

警戒。

噂。


魔素は、順調に濃くなっている。



次に、魔族領――


軍の移動。

備蓄。

緊張。


こちらも問題ない。


戦争は、流れ始めている。




そして――




視点を絞る。


城下町の外れ。

石造りの建物。


妾は目を細める。


「……完成したか」


子供が出入りしている。


壁には、絵。

中から湯気が立つ。


笑った顔。

並べられる食事。


争いの気配は、ない。


恐怖も、

不安も、

滞留していない。


周囲の魔素と比べて、


そこだけ、


揺らぎが小さい。

濁りが、少ない。




「……」




しばらく、無言で見続ける。


そして――


「戦争前に、安定空間を作るか」


小さく、息を吐いた。


「やはり……妙な男じゃの」



――どこまで計算しておるか、知らぬが……



「まぁ、よい」


指を軽く振る。


観測範囲を広げる。


戦争が始まれば、

あの程度の影響は、飲み込まれる。


個人の環境など、

構造の前では、誤差だ。




「……」




だが。


女神は、もう一度だけ、

その孤児院を見た。


子供が笑っている。

男が、外壁を見上げている。




「……」




小さく、呟く。




『どこまで、誤差になるかの』




光の膜が、静かに揺れた。

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