【第5部】第16話 居場所
甘い香りが、部屋に広がっていた。
薄く焼いた生地の上に、
白いクリームと果物を乗せる。
くるり、と巻く。
「……よし」
俺は皿をスズの前に置いた。
「試作品だ」
スズが、目を丸くする。
「これ、なに?」
「クレープ」
「くれーぷ?」
フォークで少し切る。
口に運ぶ。
一拍。
目が、見開いた。
「……おいしい」
もう一口。
さらにもう一口。
「甘いのに軽い……
これ、いくらでも食べれる……」
俺は頷く。
「いけるだろ?」
スズが顔を上げる。
「なんでこれ作ったの?」
「……客用、かな」
一拍。
「それ、食い終わったら、
孤児院、仕上げるぞ」
スズは慌てて残りを口に運んだ。
「うん!」
建物の輪郭はほぼ完成していた。
石造りの孤児院。
大浴場。
外壁も、浴槽も、
すでに出来上がっている。
残っているのは、内装だけだ。
子供たちは、今日も公園に集まっていた。
俺は壁を指さす。
「好きに描け」
子供たちが固まる。
「いいの?」
「あぁ」
一拍。
「どうせ白いままだと、汚れる」
次の瞬間——
歓声が上がった。
木炭を持って、
子供たちが一斉に壁へ向かう。
丸い顔――
大きな家――
よく分からない生き物――
スズの似顔絵――
カイムらしき人物――
――なぜ、カイムの筋肉が盛られている??
スズが笑う。
「にぎやかだね」
「その方がいい」
俺はスズと室内に入り、
メモを取らせながら言う。
「机、追加で五。
小さい椅子、多め。
……食器は、足りないな」
スズがペンを走らせる。
「布もいるね。あと、棚」
「あぁ」
孤児院は、
施設ではなく、
生活になる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その頃、大浴場では――
「あぁ〜……」
カイムが湯に沈んでいた。
肩まで浸かり、
天井を見上げる。
「至高だ……」
湯気がゆっくりと立ち上る。
石の浴槽。
外側は木で補強され、
水圧対策も済んでいる。
「広い……
深い……
温度、完璧……」
目を閉じる。
「あぁ……
ここに住みたい……」
そして、
スズ新作のリンスインシャンプーを掲げる。
「……柑橘の香り、か」
カイムは勢いよく風呂から立ち上がった。
「検証を開始する」
試運転は、問題なさそうだ――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夕方――
作業は一区切りついた。
壁は、絵だらけだった。
子供たちは、まだ残っている。
少し疲れて、
でも、どこか満足そうに座っていた。
俺は木箱を運ぶ。
中には、
氷魔法で冷やした容器が並んでいる。
一つ取り出す。
白い。
揺れる。
「なにそれー!」
子供たちが集まる。
「プリンだ」
小さな器に分けて配る。
その上に、砂糖を振る。
そして――
「カイム」
「任せろ」
カイムの指先に、
超微細の火。
ファイアウォールを、
極限まで弱めた熱。
表面だけが、
じゅっ、と溶ける。
甘い匂いが広がる。
香ばしい――
温かい――
濃い甘さ――
子供たちの目が、輝いた。
「いいぞ」
一斉にスプーンが入る。
表面が、パリッと割れる。
一口。
沈黙。
そして――
「おいしい!!」
「なにこれ!!」
「甘い!!」
笑い声が広がる。
顔がゆるむ。
肩の力が抜ける。
誰かが笑うと、隣も笑う。
スズが小さく言った。
「……いいね」
「あぁ」
夕日が、
絵だらけの壁を照らしている。
子供の声――
甘い匂い――
柑橘の香りが残る浴場――
石の建物――
ここには、
不安が溜まらない。
恐怖が広がらない。
ただ――
人が、安心している。
一人の子が俺に近づき、聞いた。
「ねぇ」
俺を見る。
「ここ、なくならない?」
一拍。
俺は答えた。
「なくさない」
子供は、少しだけ笑った。
風が吹く。
戦争の準備は、
どこかで進んでいる。
だが、ここでは――
戦争とは真逆のものが、
静かに、
根を張り始めていた。




