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【第5部】第10話 着手

机の上に書類が並んでいた。

侍従長が、静かに確認している。



『旧用途――感染者隔離施設』



一枚、めくる。


 

『新用途――孤児院兼保護施設』



印を押した。

乾いた音が、部屋に響く。


側近が、少し驚いた顔をする。


「よろしいのですか?

 元は隔離指定施設ですが……」


侍従長は答える。


「むしろ好都合です」


一拍。


「立地は郊外。

 既存の水設備あり。周囲に民家なし」


書類をまとめる。


「隔離のために作られた場所は、

 保護にも向いています」


さらに一枚、追加する。


「食糧支援と、最低限の予算を計上。

 管理責任者は――」


少しだけ、微笑んだ。


「現地運営とする」


側近が頷く。


「イロハ殿、ですか」


「いいえ」


侍従長は言った。


「彼は、制度で動く男ではありません」


一拍。


「ですが、

 制度が彼を邪魔するのは、国家の損失です」


書類を閉じた。


「行政手続きは、こちらで整えます」





管理責任者――『リーフ』





◇ ◆ ◇ ◆ ◇




公園には、岩が積み上げられていた。


カイムが、

マジックバックから巨大な岩を並べる。


手をかざす。


水の刃が走る。

岩が、音もなく分割される。


俺は一言、言う。


「そこ、もう少し幅を広げてくれ」


カイムが頷く。


置く石を調整する――

泥を塗る――

更に石を重ねる――



次の瞬間。



白い霧――



氷魔法で、石同士が固定された。

隙間のない壁が、静かに完成する。


俺は全体を見る。


「いいな」


指をさす。


「こっちは子供部屋。

 あっちは食事スペース」


さらに奥。


「で、こっちが風呂だ」


カイムが少し驚く。


「……また作るのか」


「人数増えるからな」


「となると、大人数用か?」


「あぁ。整えた石を並べろ」


「お湯だぞ?隙間に泥でいけるのか?」


「泥の代わりに松脂を使え」


「分かった。後で買ってくる」


「それと、

 石を組み終わったら、周りに木を組め」


「……なぜだ?」


「水圧による崩壊を防ぐ」


「木も、やるのか……」


カイムが小さくため息を吐き、

ジトっとした目で俺を見る。


「……安心しろ。ちゃんと手伝う」


「頼むぞ?」


「何にしろ、清潔は最優先だからな」


一拍。


「病気は、

 腹減るのと同じくらい、子供を弱らせる」


カイムは黙って、 次の岩を斬り始めた。






その頃――


スズは、石の家の中で瓶を並べていた。


棚が増えている。

作業用の机もある。

乾燥スペースも。


部屋が、広くなっていた。


外では、イロハとカイムが作業している。


窓から公園を眺め、想像する。



「お姉ちゃん!」と呼ばれる声――


子供達の泣き声、笑い声――


走る音、壁を叩く音――



スズは、少しだけ笑った。


「……賑やかになるな」






夕方――


建物の輪郭が、

はっきり見えるようになっていた。


孤児院の棟。

入浴施設。


今はまだ、氷魔法で圧着している。


風が吹けば、氷の冷たさを運んでくる。




その時だった。




余った材料の隙間から――


一匹の猫が、視線を送っていた。


白い毛。

動かない。


ただ、

じっと、イロハを見ていた。


イロハは、 一瞬だけ猫に視線を向ける。


「……猫か」


それだけ言って、作業に戻った。


猫は動かない。

瞬きもしない。


ただ、


観察していた。


静かに。


ずっと。

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