表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
117/119

【第5部】第9話 根

執務室に、ほのかな香りが漂っていた。


侍従長が一歩下がって立つ。


「――以上が、

 イロハ殿からのご相談でございます」


私は、手元の瓶を見つめていた。


透明な液体。

控えめな香り。


「髪用の洗浄剤、か」


「リンスインシャンプー、と呼んでおりました」


瓶を回す。


「で……

 あの隔離施設を孤児院として運用する、と」


「えぇ。戦争による孤児の増加。

 生活困窮家庭の子供の受け入れを、

 想定しております」



沈黙。



私は、ゆっくりと椅子にもたれた。


「……イロハ殿らしい」


侍従長は静かに続ける。


「孤児院の運営費の一部は、

 この洗浄剤の受注生産で賄うとのことです。

 貴族向けの高級品――

 その様に展開予定でございます」


「なるほど」


瓶をそっとテーブルに戻す。


「民を救い、民の金で回すか」


一拍。


「良い」


侍従長が頭を下げる。


「では、正式に支援を――」


「いや、待て」


侍従長が顔を上げた。


「その考えなら、

 魔族領全体に広げた方がよいのではないか?」


静かな一言だった。


「孤児院を各地に設置し、

 同様の仕組みで自走させる」


侍従長の目が細くなる。


「……かしこまりました。進言してみます」


私は頷いた。


「イロハ殿のやり方は、戦後にも残る」


一拍。


「そういうものを、増やしておくべきだ」



静寂。



そして、私は侍従長へ視線を向けた。


「ところで」


「はい」


「何を食べた?」


侍従長は一瞬だけ目を瞬かせた。


「……うどん、と言っておりました」


「美味かったか?」


「えぇ。とても」


私は少し考え、


「そうか」


とだけ言った。






その夜――


浴室に湯気が立ちこめる。


私は、瓶の中身を手に取った。


香り。

控えめな泡立ち。


洗い流すと――


指が、止まらない。

さら、と落ちる。


もう一度、触る。


「……ほう」


髪が軽い。


「これは、良いな」


湯気の中で、私は何度も頷いた。


「私も買うぞ」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




石の家の中――


窓際に、小さな鉢が置かれていた。


白い花。


俺は立ち止まる。


「……ん?」


スズが振り向いた。


「あ、それ」


「買ったのか?」


「ううん。カイムさんが持ってきてくれた」


スズは少し嬉しそうに言う。


「私の名前になった花でしょ?」



スズラン――



俺はしばらく花を見た。

そして、小さく頷く。


「……瓶に刻むか」


「え?」


「ロゴだ」


スズが首をかしげる。


「国には紋章があるだろ?」


一拍。


「このスズランを、瓶に刻む」


スズの目が少し大きくなる。


「……いいの?」


「ああ」


一拍。


「これは、お前の物だ」



沈黙。



スズは花を見る。

そして、少しだけ笑った。


「……ありがとう、イロハ」


俺は周囲を見回した。


「で、カイムはどこ行った?」


「買い出し」


「そうか」


一拍。


俺はスズに伝える。


「ここを、孤児院にする」


スズが目を瞬かせた。


「公園も、家も、まとめてな」


静かな声だった。


「戦争が始まる」


風が入る。

ラベンダーの香りが広がる。


「子供が増える」


一拍。


「腹減った子供が、な」


スズは少しだけ考えた。

それから、笑った。


「……私の家が、孤児院かー」


窓の外では、小さな子供たちが走っている。


「賑やかになるね」


俺は頷いた。


「手が空いた時でいい」


一拍。


「手伝え」


「うん」


風が、子供たちの声を届ける。


白いスズランが、 静かに揺れている。




この場所は――


"家"から、


"ホーム"になろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ