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【第5部】第8話 仕組み

侍従長は、

静かにフォークを回していた。


白い麺をすくい上げる。

少し持ち上げ、息を吹きかける。


そして、そのまま口へ運んだ。



ずるり――



音は、ほとんどしない。


咀嚼。

嚥下。


侍従長は、フォークを置いた。


「……これは」


俺を見る。


「実に、美味しいですな」


俺は肩をすくめた。


「そりゃ良かった」


侍従長は微笑む。


「イロハ殿から、こうして――

 美味しい物を頂けた、ということは」


一拍。


「ご相談ですかな?」


俺は、少しだけ笑った。


「察しがいいな」


木箱を一つ、机の上に置いた。

中には、小さな瓶が並んでいた。


淡い色の液体。

ほのかに花の香りがする。


侍従長は一本を手に取った。


「これは?」


「髪を洗うやつだ」


「ほう」


「リンスインシャンプーって呼んでる」


侍従長は、瓶を軽く回す。


「商品、ですかな?」


「あぁ」


一拍。


「ただし、大量生産はしない」


侍従長の目が、少しだけ細くなる。


俺は続けた。


「一人で作っている」


「……ほう」


「受注生産。数量制限あり」


さらに一拍。


「値段は、高い」



沈黙。



侍従長は、ゆっくり頷いた。


「つまり――」


瓶を置く。


「貴族・王族向け、と」


「そういうことだ」


侍従長は視線を上げる。


「作り手は?」


「スズだ」 


侍従長の表情が、

変わらないまま止まる。


「……あの少女が?」


「髪、見ただろ」


侍従長は思い出す。

風に揺れる、滑らかな髪。


「それを作ったのは、あいつだ」



沈黙。



侍従長は深く頷いた。


「承知しました」


一拍。


「ちなみに、男性の髪へも効果が?」


「ある……あるが、その、なんだ」


俺は苦笑する。


「カイムの髪も見ただろ?」


「……そう言えば、

 やけにサラサラしていた記憶が……」


「知らんが、貴婦人からモテてるらしいぞ」


「おや?そんな効果まで」


「“モテる”かどうかは保障しないが、

 髪質は変わる」


「そのようですね」


俺は頷く。


「とりあえず、

 お前とカイムに売り込みを頼みたい」


一拍。


「その前に、

 お前も物は試しに使ってみてくれ」


侍従長は、笑顔で頷いた。


「承知しました」




少しの沈黙のあと――




俺は外へ目を向けた。


窓の向こう。

公園では、子供たちが走っている。


「侍従長さんよ」


「はい」


「最近、子供が増えてるの、気づいてるか?」


「えぇ」


一拍。


「その割には、親の姿は少ないですな」


「だろ?」


俺は腕を組む。


「孤児か、勝手に来てるか……そんなとこだ」


侍従長は静かに頷いた。


俺は呟く。


「戦争……か」


「えぇ……始まりますね」


「……戦争ってのはさ」


一拍。


「兵士だけが死ぬわけじゃない」



沈黙。



「親がいなくなる――」


「家がなくなる――」


「仕事がなくなる――」


窓の外。


小さな子供が転ぶ。

別の子が、手を引いて起こす。


俺は言った。


「これから、増えるぞ」


一拍。


「腹減ってる子供が」


侍従長は、何も言わない。


俺は続ける。


「俺はな」


短く息を吐く。


「子供の空腹が、見てられない」



静かな時間。



そして――


「なぁ」


侍従長を見る。


「ここを」


一拍。


「孤児院兼、託児所にするの、どうだ?」


侍従長の目が、 わずかに開く。


「……ここを、ですかな?」


「あぁ」


窓の外を指す。


「場所はある。

 子供は、もういる」


一拍。


「後は、仕組みだ」


さらに一拍。


「……善意じゃ、続かない」



沈黙。



侍従長は、 ゆっくりと考える。


「戦争孤児の受け入れ――」


「共働き家庭の預かり――」


「食事の提供――」


一拍。


「……確かに、需要は大きいですな」


「この前、言ったの覚えているか?」


「えぇ」


侍従長は頷く。


「これは民意に繋がります」


その表情が、少し柔らかくなった。


「閣下も、必ず協力されるでしょう」


深く頷く。


「是非、進めましょう」


俺は小さく笑った。

そして、 小瓶を静かに振る。


「そのための“これ”だ」


「売上で、ですね」


「あぁ」


一拍。


「売上は、スズの生活費と給金」


「残りは、ここに回す」


さらに一拍。


「自営で、自走だ」


侍従長は静かに言った。


「……仕組み、ですな」


「あぁ」


俺は窓の外を見る。

子供たちが笑っている。


「助けるんじゃない」


一拍。


「回るようにするだけだ」


外では――


小さな子供が、空を見上げて笑っていた。


戦争の準備は、進んでいる。


だが、ここでは――


別の準備が、

静かに、始まっていた。

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