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【第5部】第4話 正体

食後――


子供達は、また元気に走り回っていた。


1人の少女が、

小さい子供達に遊び方を教えていた。


首元に特徴のある痣があった。


「……あの少女は?」


「ん?スズのことか、ここの対象者だ」


”対象者”——梅毒感染者か。



――一応、聞いてみるか……



「ということは、梅毒者か」


「あぁ」


「……空気感染、気にしないのか?」


「梅毒は空気感染しない。粘膜感染だ」


「国は、そう定めてないぞ」


「知るか。どうせコストの問題だ」



――……知識はある。


――世間の風も気にしないか。



「先の勇者ユウキの件、

 あれを制圧したのは、貴殿か?」


「あぁ」


「なら、貴殿はイロハ殿で間違いないか?」


「あぁ……そろそろ本題に入ったらどうだ?」


侍従長が割って入った。


「向こうで、食後のお茶でもいかがですか?」






公園の隅――


木のベンチに、腰を下ろした。


侍従長がマジックバッグから

ティーセットを取り出す。


魔法でお湯を沸かし、注ぐ。


その香りにイロハ殿が反応した。


「……おい、まさか、それ、コーヒーか!?」


「えぇ。よくご存じですね」


「この国に売ってるのか……?」


「売ってはおりますが……

 輸入品なので、値は張ります。

 後程お裾分け致しますよ」


「助かる!!」


「では、こちらをどうぞ」


私達の目の前にコーヒーが並ぶ。

ちゃっかり侍従長は、自身の分も用意している。


「……ふぅ。美味いな」


イロハ殿は満足そうな顔で飲んでいた。


子供たちの笑い声が、

離れた場所から聞こえてくる。


しばらく、誰も口を開かず、

コーヒーを堪能する。


やがて、私は言った。


「……一つ、伝えておく」


イロハ殿が横目でこちらを見る。


私は、静かに続けた。


「私は、ただの視察者ではない」


一拍。


「魔王だ」


風が止まったような気がした。

子供の声だけが、遠くで続いている。


イロハ殿は――


驚かなかった。


数秒、こちらを見て、

コーヒーを一口飲んで、そして言った。


「そうか」


それだけだった。



沈黙。



私は少しだけ困惑する。


「……それだけ、か」


イロハ殿は肩をすくめた。


「今さらだな」


一拍。


「ここで石鹸絞って、

 パンケーキ食ってたオッサンに、

 魔王も何もないだろ」


侍従長が思わず口を開く。


「無礼――」


私は手で制した。

そして、少し考えてから言う。


「……公式の場でなければ」


一拍。


「”オッサン”でいい」


侍従長が目を閉じた。

小さく息を吐く。


「本来ならお止めすべきなのでしょうが……」


私を見る。


「……閣下、お気に召されましたね」


私は答えなかった。

そしてイロハ殿が言う。


「で、オッサン」


こちらを見る。


「何の用だ」


風が吹く。

ラベンダーが揺れる。


私は、正面を見たまま言った。


「勇者ユウキを制圧した、

 イロハ殿の意見を聞きたい」


「……」


「戦争の話だ」


空気が、少しだけ変わった。

イロハ殿の視線が鋭くなる。


「始まるのか?」


「近いうちに」



沈黙。



「止めたかった」


一拍。


「だが、止められなかった」


イロハ殿は短く言う。


「そりゃそうだ」


私は横目で見る。


「イロハ殿は、人間だ。

 ……人間側と、話はできるか」


即答された。


「無理だな」


私は息を吐く。


「……交渉は難しいか」


イロハは首を振る。


「違う」


一拍。


「戦争を止めるのが、無理だ」


私はため息混じりに言う。


「なら……

 戦争の規模を小さくするしかない、か」


ティーカップの取っ手をさすりながら、

侍従長が質問を被せた。


「では、”戦争の規模を小さくする”事には、

 どの様なお考えがありますか?」


「戦争ってのは、陣取りだ」


地面に小石を置いた。


「重要地点を押さえるか」


もう一つ置く。


「首都に打撃を入れるか」


小石を並べる。


「勝利条件は、場所だ」


顔を上げる。


「規模だけ小さくする、ってのは難しい」


私は口を開いた。


「では……どうすれば」


イロハ殿は、公園の方を顎で示した。


「ここだ」


侍従長が眉をひそめる。


「子供、ですか」


私は静かに言った。


「確かに……子供は、抑止になる」


その瞬間、

イロハ殿の目が少し鋭くなった。




「子供を政治利用するな」




一拍。




「それは俺が許さん」




沈黙。




イロハ殿は表情を緩め、続ける。


「そうじゃない」


少し身を乗り出す。


「この土地の所有者、

 誰になってるか知ってるか?」


侍従長が答える。


「書類上は、“リーフ”です。

 貴殿が、感染者と接触した件を

 隠すための名義かと」


イロハ殿が頷く。


「その通りだ」


一拍。




「”リーフ”は、軍での俺の名前だ」




私の思考が止まった。


「……何?」


侍従長が低く言う。


「つまり、この施設は……」


「人間側、軍の土地だ」


風が止まった気がした。


イロハ殿は公園を指す。


「だが、どうだ?」


子供たちが走っている。

笑っている。


「ここにいるのは、全員魔族の子供だ」


そして、私を見る。


「それに、

 目の前には人間側の、敵の親玉がいる」




沈黙。




「今、この瞬間」


一拍。


「問題、起きてるか?」


私は答えられなかった。

侍従長も、黙っている。


イロハ殿は足を組み直す。


「戦争は止まらない」


静かな声だった。


「小さくもできない」


風が吹く。

ラベンダーが揺れる。


「でもな」


公園を見る。


「ここを壊したら困る、って思う人間を増やせ」


私は、ゆっくりと顔を上げた。


イロハ殿は続ける。


「兵士じゃない――」


「役人でもない――」


「ただの民間人――」


一拍。


「そういう連中が、

 “ここには触るな”って言い始めたら」




沈黙。




「政治家も、兵士も、無視できなくなる」


侍従長が、低く呟く。


「……民意」


イロハ殿は頷く。


「戦争は政治だ」


短く言う。


「政治は、表向きは民意だ」


そして、私を見る。


「だから、作れ」


一拍。


「そこを、壊したら困る場所にしろ」


子供の笑い声が響く。

私は、しばらくその光景を見ていた。


やがて、静かに聞く。


「……その場合」


イロハ殿を見る。


「貴殿は、何になる」


イロハ殿は少しだけ考えた。

そして言った。


「別に、何にもなるつもりはない」


一拍。


「強いて言えば……子供達の、スズの、

 腹を空かせたくないだけだ」


侍従長が目を細める。


私は、思わず笑った。


「……なるほど」


立ち上がる。


公園を見る。



ラベンダー畑――


遊具――


子供たち――



戦争の地図には、 載らない場所。



だが――


「ここは」


静かに言う。


「守る価値がある」


「違う――」


イロハ殿が被せ気味に言った。




「守らせるな」




私は振り向く。

ラベンダーの香りが、広がった。


その日、 この場所は、

施設ではなく、

一つの名前を持った。


戦争の外側にある、場所として。


そして、

イロハ殿はコーヒーを飲み干し、言った。




「……やっぱり、缶コーヒーが飲みたいな」

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