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【第5部】第1話 承認

静まり返った評議の間に、

書類のめくれる音だけが響いていた。


魔王は、

机上に積まれた報告書へ視線を落とす。



食料不足——


国境付近での衝突——


難民の流入——


そして……


人間側の軍備増強——



一つ一つは、戦争の理由にはならない。


だが――


すべてが揃えば、

それは「状況」と呼ばれる。


そして状況は、

時に、意思よりも強い。




「……以上が、現状です」


報告を終えた評議官が、静かに頭を下げた。


別の議員が続く。


「民の不安が広がっています――」


「国境の村では避難が始まっています――」


「商人たちも取引停止を申し出ています――」


言葉は冷静だった。


だが――

結論は、一つしかない。


やがて議長が口を開く。


「我々は、

 戦争を望んでいるわけではありません」


一拍。


「しかし、備えは必要です」


さらに一拍。


「よって、防衛行動の名目にて、

 人間側への軍事行動を承認したく存じます」


それは提案ではない。




確認だった――




評議の間の視線が、 一斉に魔王へ向けられる。


魔王は沈黙した。



戦争には反対だ――



だが、反対する理由がない。



民は不安を抱えている――


経済は停滞している――


国境では小競り合いが続いている――


そして何より……


人間は、信用されていない――



ここで拒否すれば……

評議会は、民意を理由に別の手段を取るだろう。



王の権威が揺らぐ――


国内が割れる――



それは、

戦争よりも厄介だ。


魔王は、ゆっくりと口を開いた。


「……条件がある」


評議官たちの表情が、わずかに動く。


「一般民への被害は最小限に抑えよ――」


「占領ではなく、

 防衛行動の範囲に留めること――」


「略奪は禁止する――」




沈黙。




やがて議長が頷いた。


「承知しております」


それが合意だった。


形式上の確認が終わり、議長が宣言する。


「本日をもって、

 対人間軍事行動の準備を開始します」


静かに決まった。


誰も声を荒げない。

誰も喜ばない。


それでも――


戦争は始まる。






評議が終わり、

広間から人の気配が消える。


魔王は椅子へ深く身を預けた。


「……止められなかったな」


その言葉に応える声があった。


「陛下のお立場では、当然のご判断かと」


侍従長だった。

いつの間にか、背後に立っている。


魔王は苦く笑う。


「判断ではない」


一拍。


「追認だ」




しばらく沈黙が続いた。




やがて侍従長が静かに言う。


「戦争を止めることは難しいでしょう。

 ですが――」


一拍。


「規模を小さくすることは、

 可能かもしれません」


魔王が顔を上げた。


「方法があるのか?」


「可能性、ですが」


侍従長は言葉を選ぶように間を置く。


「人間側と、直接話せる者を用いることです」


魔王の目が細くなる。


「外交官か?」


「いいえ」


さらに一拍。


「成果のある人物です」


魔王は、 すぐに理解した。


「……ユウキを止めた者か」


侍従長が頷く。


「現在、城下で特殊施設を運営しております。

 利害を一致させるか……

 手段はさておき、話をする価値はあるかと」


魔王はゆっくり息を吐いた。


「人間だったな」


「はい」




しばらく考える。




そして――


「名は?」


侍従長が答えた。


「イロハ」


魔王は立ち上がる。


「……会おう」


侍従長が一礼した。


「お忍びの準備を進めます」




広間の扉が開く。

その先には、長い城の廊下。


そして、その先には――


戦争は、 もう止まらない。


だが。


その戦争が、

どこまで広がるのか。


誰が死に。

誰が生き残るのか。


それを変えられるかもしれない、

たった一人の人間がいる。

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