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【第4部】第25話 優先順位

スズの肩が、震えていた。


呼吸が浅い――


速い――


目の焦点が、合っていない――


過換気——



――くそっ!! 急性ストレス反応か!



俺は一歩、踏み出そうとして――止まった。


振り返る。


地面には、ユウキが座り込んでいた。


視線は泳ぎ、

状況を理解できていない顔をしている。


このまま放置すれば、

また何をするか分からない。


俺は短く言った。


「カイム!」


カイムが振り向く。


「ユウキを任せた」


一瞬の間。


「魔族の法で裁かせろ」


カイムの表情が引き締まる。


俺は続けた。


「それが済んだら、すぐ戻ってこい」


「……分かった」


カイムはユウキの腕を掴み、

翼を広げた。


ユウキが何か叫んでいたが、

もう聞こえない。


優先順位は、決まっている。


俺は、スズの方へ急いだ。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「スズ」


返事はない。


呼吸が速い。


肩が上下している。


目は開いているが、


こちらを見ていない。



視界のどこか――


戦闘の残像を見続けている目だった。



――まずいな。



これは精神的なショックじゃない。


身体反応だ。

交感神経が張り付いている。


このままだと……



――呼吸性アルカローシスまで行くぞ……



俺は、スズの前にしゃがんだ。

視線の高さを合わせる。


低い声で言う。


「スズ、聞け」


反応はない。


俺は言葉を変えた。


「大丈夫だ」


一拍。


「もう終わってる」


スズの瞳が、わずかに揺れた。


「いいか。吸わなくていい」


ゆっくり言う。


「吐け」


一拍。


「長く、吐け」


俺は、自分でゆっくり息を吐いてみせた。


「……ふぅ……」


スズの胸が、小さく動く。


「そうだ」


「吸おうとするな……吐け」


背中に手を当てる。


軽く圧をかける。

呼吸のリズムを作るように。


「ゆっくり――」


「もう一回——」


「吐け――」


繰り返す。


呼吸の速度が、

ほんの少しだけ落ちた。


肩の上下が弱くなる。


指の震えが、わずかに減る。



――よし。

――戻ってきてる。



だが、まだ足りない。


俺は周囲を見た。


野次馬——


ざわめき――


視線——



――全部、刺激だ。



「立てるか」


反応はない。


俺はスズを腕に抱え、

ゆっくり移動する。



胸郭の可動域を邪魔しないように――


スズが苦しくないように――




出来立ての遊具——


直しかけのブランコ――


石造りの家——


水の音だけが聞こえる場所へ――




スズを地面に座らせる。

背中を、壁に預ける。


姿勢を安定させる。

呼吸も、さらに落ちてきた。


俺は、目の前にしゃがんだ。


「スズ」


今度は、目が合った。

焦点はまだ浅いが、戻り始めている。


「いいか」


静かに言う。


「見たものは、怖かった」


スズの唇が震えた。

小さく、頷く。


「でもな」


俺は続ける。


「今、危険な状態なのは――」


一拍。


「心じゃない」


スズが、わずかに首を傾げる。


「身体だ」


呼吸を指で示す。


「今みたいな強いストレスがかかると、

 身体は戦う状態になる。

 その状態が続くと――」


少し間を置く。


「免疫が落ちる」


スズの目が、少しだけ大きくなる。


「お前の病気はな」


静かに言う。


「免疫が落ちると、進む」


風が吹いた。

川の音が流れる。


「だから……」


少しだけ、声を柔らかくする。


「怖くてもいい。

 でも、戻る練習をするぞ」


もう一度、息を吐いてみせる。


「吐け」


スズが、ゆっくり息を吐いた。


今度は――


さっきより長かった。




窓から遠くの空を、一度だけ見た。

カイムは、まだ戻らない。


俺は、もう一度スズを見る。


顔色はまだ白い。


呼吸は落ちてきたが、

完全には戻っていない。


そして――


ほんのわずかだが、

首元の皮膚。


薄い赤みが、まだ残っている。



――来るな……



ストレス――


免疫低下——


条件は、揃ってしまった。

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