第9話 信用は、数字で管理されている
朝。
目を覚ますと、身体は軽かった。
腰。
膝。
足首。
全部、問題なし。
――よし。
軽く伸びをして、
「まず、飯だな。」
宿屋の黒パン。
味気ないスープ。
――昨日の老夫婦の店……やっぱり穴場だったな。
少しだけ名残惜しさを感じながら、
宿代を今日の分まで前払いし、外へ出る。
向かう先は決まっている。
ギルドだ。
昨日は換金と登録だけ。
今日は――“話を聞く日”。
建物に入ると、朝特有の空気があった。
酒の匂いはない。
代わりに、紙と金属の匂いがする。
カウンターには、昨日とは違う受付の女性が立っていた。
「おはようございます。ご用件は?」
「いくつか、聞きたいことが」
ギルドカードを差し出すと、女性は一瞥する。
「Fランクですね」
声は事務的。
蔑みも、期待もない。
――ああ、これが“数字”か。
「まず、ランクの上げ方について教えてほしい」
女性は慣れた様子で説明を始めた。
「依頼の達成数と内容によります。
Fランクの場合は、採集系が主になります」
「戦闘は?」
「推奨されません。
討伐依頼は基本的にEランク以上です」
――妥当だな。
――命を預けるには、数字が足りない。
極めて合理的な構造だ。
「次に……マジックバッグについて」
その言葉に、女性の指が一瞬止まった。
「……ございます」
――あるのか。
「ただし、かなり高価です」
「性能は?」
「容量、重量軽減率、耐久性で価格が変わります。
貴重品ですので……
Fランクの方が扱えるのは最低グレードになります」
「それでも、実用性はある?」
「はい。ただ……」
女性はわずかに言葉を選ぶ。
「有金の大半を失う覚悟は、必要かと」
――問題ない。
「ちなみに。
もし、お姉さんが買えるなら、どのランクにする?」
女性は一瞬だけ迷い、事務的な表情に戻った。
「私情は挟めませんが……
一般的にはDランクが最低限とされています。
同容量でも耐久性が大きく変わります」
――Dランク、か。
「最後に。
Fランクが受けられる、外の依頼は?」
帳簿をめくる音が響く。
「薬草採集です。
指定数を納品していただきます」
「危険度は?」
「基本的には低いです。ただし――」
女性は顔を上げる。
「“安全”ではありません」
――なるほど。
話は、そこで終わった。
ギルドを出ると、街はすでに動き始めていた。
人。
馬車。
商人。
冒険者。
それぞれが、それぞれの目的で動いている。
「……信用ってことか」
この世界では、信用は感覚ではない。
数値で管理されている。
ランク。
達成数。
失敗履歴。
感情が入り込む余地は、ほとんどない。
――明確で、嫌いじゃない。
正直、ランク上げは面倒だ。
やりたくはない。
でも――
――この世界では、数字が信用になる。
やることは決まった。
まず、ランクを上げる。
派手なことはしない。
薬草を集める。
外に出る。
身体を使う。
そのついでに――
「魔法の“使い方”、考えるか」
戦うためじゃない。
壊れないために。
帰り道、空を見上げる。
今日も、いい天気だ。
異世界生活は、
静かに、現実的に、動き出していた。
――まずは、外だ。




