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少し冷静になって考えてみれば、そもそも僕は明紀を殴って気絶させた犯人を探している最中だった。犯人を一発でも殴らないと気が済まないというほど僕は怒りに満ちていたはずだった。全く、その犯人はたった今、僕の目の前にいるではないか。
「姉さん、僕は明紀のことが唯一無二の親友だから凄く大切だって言ったよね?」
「言ったわね。……ふふ、嫉妬しちゃうわ」
「笑ってる場合じゃないよ。あのとき姉さんは謝ってきたけど、それで許されるなんて馬鹿なことは思ってないよね?」
僕と明紀が出会ったのはあの春休みだ。だから、僕らの関係はまだ一年にも満たない。でも、関係は時間じゃない。むしろ、あの春休みに出会ったからこそ、明紀は僕にとっての唯一無二の親友となったのだろう。
明紀が起き上がる気配はない。ぐったりと目を閉じたままだ。今のところ流血が血溜まりを作るレベルではなさそうだけれど安心はできない。さっさとこの状況をなんとかして、明紀を病院につれていった方がいいだろう。時間稼ぎなんて悠長なことを思ってる時間は終わった。
気が緩まないように、能力を使ってしまわないように肝に命じておきながら僕は拳を構えた。考えてみれば、姉さんと喧嘩をするのはこれが初めてかもしれない。
「謝っても許さない。どっちかがぶっ倒れて動かなくなるまで、僕、やめないから」
「じゃあ私も、お前が明紀君よりも私の方が大事だと言うまで許さないことにしよう」
私はこんなにもお前に尽くしてるんだから。姉さんのその一言を聞く前に僕は姉さんの顔面めがけて拳を突き出した。姉さんはそれをあっさりと流して見せるので、僕は避けられた腕を振り回し、ラリアットの要領で追撃する。
当たった。と何となく手応えを感じた次の瞬間には、僕の視界は一気に反転して仰向けに倒れていた。後頭部を強打してとても痛い。ついでに右の足首も痛いので、姉さんに足払いをされたのだと痛みに耐えながら思った。
「随分と慌てんぼだね。私の言葉を最後まで聴く気は無かったのかな?」
いつの間にか兎さんの口調ではなくいつもの姉さんの口調に戻った姉さんが、首に手をあてつつそんなことを言ってくる。どうやらラリアットにちゃんと効果があったらしい。打撃はしっかりと効くのだと確認して、少し安心した。蜘蛛ちゃんと明紀が戦ってたときは、どんな攻撃も効かないのではと思えるような無敵感が漂っていたのだ。
「一発殴ったら、話聴くかどうか考えるよ」
「情熱的だね」
姉さんはバカにしたように言うが、僕はそれを無視して拳を向ける。正面からの攻撃では当然流されるか、受け止められるかしてしまう。分かってる。でも、死角をついて攻撃なんて器用な真似は僕には出来ないのだった。
「私としては、感謝してほしいぐらいなんだけど――」拳や蹴りを交えながら姉さんは言う。「蜂ちゃんと明紀君を殺さずに、しっかりとっといてあげたのに」
とっといてあげたのに。その言葉が僕を揺さぶった。考えすぎかもしれないけど、その言い方はまるで――まるで、僕がいつか蜂や明紀を殺すみたいじゃないか。
「私とお前は同じだよ、遥矢」
考え事をする余裕なんてないはずなのに、してはいけないと思っていたのに、余計なことを考えてしまった僕は当然のごとく姉さんを見失った。そして、後ろから姉さんの声が聞こえた。
まずい。
そう思ったときには反射的に身体が動いていた。戦っている相手が自分の背後にまわってきたら次に何をするか、相手が飛び道具を持っていない場合に考えられる行動は。この一年間の掃除人としての経験――否、それよりももっと前、中学のとき、僕をこんな能力に目覚めさせたあの些細で重い喧嘩が、考えるよりも早く身体を動かしてくれた。
僕が身体を捻らせたからか、右の脇腹には姉さんのエルボーがクリーンヒットしている。でも、その代わりに僕の裏拳が姉さんのこめかみをとらえていた。勿論、能力は使わない状態で。
「うげっ……」
脇腹の痛みに、肘が生み出す破壊力を文字通り痛感しつつ、僕はおかしな声をあげた。でも、口角は自然と上がってしまう。
脇腹をおさえつつ前を向くと、こめかみの辺りをおさえつつフラフラとしている姉さんに襲い掛かろうとする黒い影が見えた。
「熊くんが一発いれたので、ここからはくもも参戦するです」
今まで手を出してこなかった気遣いに感謝しつつ、それに応えるため、僕は姉さんにはっきりと告げる。
「僕と姉さんは同じようで違うよ」
確かに、僕は人を殺すことに魅せられてしまっているかもしれない。壊すことに、楽しみを見いだしてしまっているかもしれない。でも、それを身近な人に向けようなんてことは決して思わない。明紀や蜂、或いは蜘蛛ちゃんや狐さん、勿論姉さんだって。身近な人を殺すなんて響きに覚える嫌悪感は確かなはずだ。
「僕は姉さんと敵対する」
身近な人、肉親を実際に殺した姉さんとは敵対する。僕は、他人だから殺せる。どうでもいい人だから、殺すことに快感すら覚えるのだと最低な考えを持ちながら。




