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姉さんは残念そうに「そう」とため息をつくと、蹴りで襲い掛かってきた蜘蛛ちゃんを弾き飛ばした。
この中で最年少である蜘蛛ちゃんは一番小柄な体型だ。そのお陰でとても身軽だし、小回りもきくのだが、その分軽すぎて朽ち木の如く吹っ飛ばされてしまうという欠点がある。姉さん相手では、その欠点は致命傷だ。警察官として男の中で生き抜いてきた姉さんの熟練した腕前はとても重い。普段は成人男性を相手取っているのだ。よく考えてみれば、当たり前のことだと言えよう。
「それでも私は遥矢を連れていくけどね」
「それよりも先に僕らが姉さんを捕まえるよ」
一対一でダメなら、二対一、三対一と数を増やしていけばいい。蜘蛛ちゃんが姉さんの関節を触れば、姉さんを捕まえる率はぐんと上がるのだ。能力が使えない、この場ではただの凡人である僕はそのサポートに回ればいい。蜘蛛ちゃんが一撃受けるだけで吹っ飛ばされてしまうのなら、僕がその一撃を請け負えばいいのだ。
蜘蛛ちゃんに追撃しようとした姉さんの目の前に立ちはだかり、今度は殴るのではなく捕まえることに専念する。一瞬でも動きを止めることができれば、蜘蛛ちゃんが触れられるだけの隙を作ることができれば、きっと僕らの勝利だ。なんの勝負かはさっぱり分からないけれど。
「……ん?」
――と、ここで姉さんは唐突に動きを止めた。そして、怖い顔で辺りを見回している。その仕草は何かを探しているようだ。何かを見つけたわけではない。なのに、どうして止まったりなんかしたのだろうか。探すのなら動きながらでも出来るはずなのだけれど。
「ねえ、明紀君はどこへ行っちゃったのかな?」
この部屋からどう逃がしたのかと姉さんは訊いてくる。僕は思わず明紀? と首をかしげて、それから倒れていたはずの明紀の姿を探した。しかし、明紀は何処にもいない。
何処にもいない?
「は……!? え、いつの間に!?」
狐さんの協力によって計画的に閉じ込めてもらった僕たちは、床を壊すか壁を壊すかしなければこの部屋から出ることが出来ない。なのに、居ないとはどういうことだろうか。それに、いつ。明紀は後頭部を強打して気を失っていたのでは無かったのだろうか? だから僕は激昂して、姉さんと対立することを選んだのに。
「……狸寝入りってことかな。遥矢も騙されてたようだし」
はぁ、と姉さんはため息をついた。そして、「明紀君が出られるなら私も出られるわね」と、明紀がこの部屋から脱出した痕跡を探そうとする。
「逃がさないです」
蜘蛛ちゃんは当然ながらその背中を追い、部屋を詳しく調べさせないよう動く。すると当然姉さんは蜘蛛ちゃんの動きを封じるため攻撃に出るわけで、またあの重い蹴りが炸裂しようとしている。今は、それをさせないのが僕の役目だ。例え蜘蛛ちゃんが眉一つ動かさずに、淡々と姉さんを襲い続けているとしても、その身体にダメージが蓄積されていない訳ではないのだ。むしろダメージは大きいはず。それだというのに全く動きが鈍らないのは、痛覚などが壊れてしまっているからではないだろうかと心配になってしまう。もし、そうなのだとしたら、より一層僕は蜘蛛ちゃんを守らなければならない。
「ぐっ、う……っ!」
ギリギリのところで姉さんと蜘蛛ちゃんの間に割って入り、僕は蜘蛛ちゃんを守ることに成功した。腹部に蹴りが突き刺さったため、吐き気が尋常じゃない。しかも、二人の間に割って入ってしまったため、僕が壁となってしまい蜘蛛ちゃんが姉さんに触れることが出来ない。全く、格好つけて何やっているんだ自分。僕は痛みと吐き気から逃げるように自分を責めた。
「……ありがとうです、熊くん。あと、蜂さんから伝言です」
蹲る僕に蜘蛛ちゃんは礼を言い、そっと耳打ちした。その間に姉さんは僕たちから離れてしまい、出られるところを探している。
「……こう薄暗いとよく見えないね。それに、明紀君どころか蜂ちゃんも居ない」
姉さんは忌々しそうに舌打ちをした。そして、僕にこそこそと話している蜘蛛ちゃんに目をつけて鋭い視線を向ける。
「……蜘蛛ちゃんは知っていそうね?」
「だとしても言うわけがないです。くもは兎さんをここから出しません」
伝言を言い終わった蜘蛛ちゃんは立ち上がり、僕の前に出て姉さんと向き合う。こんなに小さな背中なのに、なんでこんなにも頼もしいのだろうか。
すぐに二人の激しい肉弾戦は始まる。お互いにお互いの一撃を重くとらえ、恐れているため、攻撃が当たることは無い。だが、それも今のうちだ。経験やリーチの差から言って、圧倒的に姉さんが強い。そして、明紀と蜂の注文に応えるためにはなんとしてでも蜘蛛ちゃんが姉さんに攻撃を当てなければならない。さて、僕にそのサポートが出来るだろうか?
「あくまでも蜘蛛ちゃんを守るってことかな」
横からまた身体を割り込ませて、今度は両手でガードをつくって、姉さんの拳を受け止めた。重い。手がビリビリと痺れている。
僕はこの手を離さないよう、がっちりと掴んでおきながら、ニヤリと笑って言ってやった。
「生憎、僕はロリコンに目覚めたみたいなんだ」




