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「起きるまで付きっきりとか重いっての。彼女かよ」
バタバタしてたのが落ち着き、病室に僕と明紀、二人だけになると、明紀はカラカラと笑ってそう言った。どちらかと言えば外見的に明紀の方が彼女だろうという突っ込みはしないでおく。こいつとカップルなんて御免だ。
「ったく……」心配かけさせやがって、とは言えない僕である。僕だって撃たれたときこのぐらいの軽さでいたし、好きで心配かけさせたわけじゃない。だから深いため息にとどまる。そして、月曜日からずっと明紀に話したかった本題に入ることにした。
「蜂と掃除に行った帰り、僕たち、例の通り魔に会ったかもしれないんだ」
一応、あれが通り魔だという確証は無いため濁した表現をしてみる。元から記憶が曖昧だったというのに、この三日で更に薄れてしまった。もう、あのときの状況を鮮明に思い出すことはできない。正体不明のよくわからないものに遭遇した、という記憶ぐらいしか残っていない。
さて、明紀はどんな反応をするのだろうか。ここから僕は根掘り葉掘り訊かれ、殆ど何も覚えていないということに失望されるのだろうか。なんて考えていたのだけれど、明紀の反応は想像してたものとは全く違った。
「……それって、なんか訳わかんねー見た目で、訳わかんねー声してた奴か?」
そう確認してくる明紀。この反応は、この訊き方は、明紀も“あれ”を知っていることを示している。そうでなければ、こんな表現をしないはずだ。
となると、もしかして。
「明紀も会ったんだ」
「おう。で、そいつに殴られた。多分だけどな」
多分と言う割にはやたらと自信満々に明紀は答えた。殴られる要素があったということだ。……明紀のキャラクターが腹立たしいとか、そういうのは抜きにして。
明紀が狙われる要素といったら、一つしかない。情報だ。
この町に限定してしまえば、明紀の情報網は警察すら敵わない。そんな明紀が総力をあげて通り魔のことについて調べていたのだ。なにも掴めない、今までの方が珍しい。
そんな珍しい状況を脱した明紀は、通り魔にとってとても不利な情報……知られたら確実に都合の悪くなるたちの悪いものを掴んでしまった。だから、明紀を消そうとした。そんなところだろう。実にシンプルで分かりやすい仮説だ。僕が考え付くのはこれしかないのだけれど、しかしこれが一番有力な仮説だと思える。
ただ、この仮説には穴がある。
「なんでお前、生きてんの?」
「ひっでぇ言い方だな、おい。そりゃないぜ」
俺様もそこが引っ掛かるけどな、と明紀は苦笑してみせた。どうやら本人にも理由はわからないらしい。そりゃそうか、自分を殺そうとするやつの気なんて知れるわけがない。殺そうとしてたかどうかは分からないけれど。
そう、この明紀が後遺症なく目を覚ましたというこの状況が、酷い外傷もなく生きて発見され無事病院に搬送されたという出来事が不自然すぎるのだ。
都合の悪くなるような情報を掴まれて、実際に襲いに行ったのに、何故通り魔は明紀を殺さなかったのだろうか。明紀を殺してしまえば、情報を一定の場所でストップさせることが出来ると考えられるはずなのに。
殺し損ねたということは無いはずだ。後遺症なく人を気絶させることが出来るだけの腕前を持っていて、気絶した人間を殺せないわけがない。となると、殺さないことには何らかの意図があったことになる。
「ま、わかんねーことは本人を引っ張り出して訊けば良いわな。俺様を襲ってくれたお陰で少しだけ範囲が絞り込めたんだしな」
ケケケ、と意地の悪そうな笑みを浮かべて明紀は言う。反撃と復讐を考えているときの目だ。『目には指を、歯には拳を』がモットー(実際そんな言葉は無いけれど)の明紀のことである。きっと相手を捕まえるときの策も綿密に考え始めているのだろう。
「一応訊いておいてやるけど、範囲を絞り込めたって? 何を根拠に?」
「相手は俺様のことを知ってるってところだな。俺様のことを知っていて、情報を収集してたことを知っている。俺様だってバカじゃねえんだ、調べるときに自分の情報が漏れないように何重にもトラップを仕込んでる。そんで、パソコンにハッキングされた様子はなかった。ってことは、俺様本人から調べてるってことを聞いたぐらいしか知る方法はない。知り合いが通り魔ってのはなんとも胸が痛い話だな」
「微塵も思ってなさそうだけどな」
コソコソと嗅ぎ回っても基本バレないというその自信はどこから来ているのだろうかというレベルだったが、しかし実際そうなのだろう。今まで、明紀は何かを調べて襲われたことは無かったのだし。
「あとはそうだな」明紀は話を続ける。「相手は何らかの能力を持ってるだろうな。自分を相手に正しく認識させず、動く素振りを見せずに相手の意識を刈り取る。こんな芸当が出来るってことは何かしらタネがあるはずだ」
そういえば、僕と蜂が襲われたときも相手は全く動いてなかった。それなのに、僕と蜂は気絶させられた。
能力を持っている。それは僕たちと同じということだ。未知数な能力ほど怖いということを僕たちはいやというほど知っている。だが、それはあまり問題ではない。一番の問題は、能力を持っている集団である僕たち掃除人が一番怪しいというところだろう。何せ、僕たちはお互いの個人情報をほとんど知らない。蜂のように、もうひとつの能力を隠してる可能性だってあるし、蜘蛛ちゃんに至ってはそもそもの能力すら不明だ。
「……ああ、いやだな」
仲間を疑うというのはとても嫌なことなんだと、僕は生まれて初めて知った気がした。




