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落伍者の街

 一通り掃除を済ませ、広場に戻ったフィンとセレーネ。

 ゴミがないというべきか、物がないというべきか。籠いっぱいに入れても、そのほとんどは小石ばかりだった。


 ひとまず、今日の活動は切り上げることにする。

 今後フィンの生活する宿を、アルフレドに紹介された。

 場所はスラムの東地区の居住スペース。

 同じスラムでも、そこは比較的に治安が良いとされており、金銭に余裕のある者が長屋を借りて暮らしている。


 一応、フィンは客という立場なので、アルフレドが口利きしてくれたそうだ。

 家賃も肩代わりしてくれ、食料も定期的に配給してくれるらしい。


 本来なら、セントラルに部屋を用意してくれていたそうだが、フィンはその申し出を断った。これからスラムを変えようという人間が、現地に暮らさないのはおかしいからだ。


 一方で、セレーネはセントラルから毎日スラムに通うことになった。

 本人はフィン同様にスラムで暮らすことを望んでいたが、退学の危機にあってもガイアード士官学校への登校義務はある。

 昼休みや夕方。それに休日。

 時間のあるときは、必ずフィンの下に来て一緒に活動をしてくれることで落ち着いた。


 そして現在は、フィンが間借りする長屋まで着いて来てもらったのだが――


「――何。女連れ?」


 無精髭を蓄えた細身の男は、眉間にしわを寄せて葉巻を吸う。

 フィンたちは長屋の前で説明を受けている最中だった。


 四方を長屋で密集した居住区。

 平たい屋根に板張りの外観。古ぼけているが、建物の造りに荒はない。

 時折、赤ん坊の泣き声が響いてくる。家族で暮らしている者も多いのか。スラム内での安全圏という話は、あながち嘘ではなさそうだった。


「いえ。住むのは俺だけです」


「あ、っそ。どうでもいいが、くだらない活動する気なら、早いとこやめとくんだな」


 口や煙を吐き出し、大家は警告じみた悪態をつく。


「アルフレドさんの紹介だから、部屋だけは貸してやる。が、あんたらが何したって、この街は変わらねんだよ。余計な真似は治安を悪化させるだけだぜ」


「なぜだ。最初から諦めていては、何も変えられないはずだ」


 大家の台詞に、セレーネが反感を示す。

 すると男は鼻で笑いながら、短くかぶりを振った。


「こりゃ傑作だ。いかにもセントラルの箱入り娘だな。なあ、小僧。あんた、オレらと同類の臭いがするが、この世間知らずのお嬢さんの言い分はどう思う?」


「どうって、まあ――諦めた人間たちが住んでる場所こそ、スラムとしか」


 フィンは誰の味方もせず、客観的な事実のみを並べた。

 気を良くしたように、大家はガラガラ声で笑った。


「だ、そうだ。小僧の言う通り、ここは落伍者たちの墓場だ」


「たとえそれが事実でも、それを決めるのは私たちではないはずだが?」


 セレーネは声に棘を含ませる。


「生憎だな。こんな墓場にもルールは存在する」


 大家はガイアードスラム改善における、最大の障害を教えてくれた。


「西区画を牛耳ってる、ケルベロスって連中がいる」


「それは組織の名か?」


「そうとも。昼間、あんたら軌獣を一匹ぶっ壊したよな。あの片印晶は、ケルベロスが取り扱ってる商品だ」


「……なぜそのことを知っている?」


「ブラックマーケットは連中の縄張りさ。まっ、今回は騒動を治めた功績に免じて、手出しはして来ないだろう。でもケルベロスの不都合になることがありゃ、今度は容赦なく制裁が下される。この街で奴らに逆らえば、待ってるのはコレよ」


 親指を突き出し、大家は首を掻き切る動作を行った。

 やはりサバーブはどこの地域も、必ず裏組織が巣食っているようだ。

 彼らにとってスラムは格好の隠れ蓑。治安を改善されれば、これまで見過ごされていた犯罪も白日の下に晒される。

 スラムの治安向上を図ろうとする者など、真っ先に命を狙われるはずだ。


「なるほど。でもそいつらは、西区画が拠点なんだろ?」


 フィンは重要な事柄として、この確認を取る。


「あ? それはそうだが……」


「なら、まずはこっちの東区画だけで行動すれば良い。そいつらのことは後で解決する」


「あんた、正気か?」


 大家は我が目を疑うように双眸を細める。


「俺はいつだって本気でサルターレを目指してる。なに、貴方の迷惑になるような結果にはさせませんよ。保証はしませんが」


「……分からん。なぜアルフレドさんは、こんな馬鹿を寄越したんだか……」


 大きく嘆息して、説明を終えた大家はこの場を去って行く。

 二人きりになるや否や、セレーネがぽつりと漏らした。


「フィン。大見得を切ってもらって恐縮だが、危険な行動は控えてくれ。助力を求めておきながら不遜かもしれないが、君の身に何かあれば私は自分を許せなくなる」


「別に気にするな。貴女に協力すると決めたのは俺だ。それに逃げ足には自信がある」


「闇討ちでもされれば、脚力は関係ないと思うのだが」


「真面目か。なに、大丈夫。俺もサバーブの人間だ。裏社会の勝手は理解してるよ」


 気休め程度のものではあるが、フィンの言葉にセレーネは短く頷いていた。

 ひとまず宿の確保は無事に終えた。

 セレーネもセントラルに戻るとのことで、二人は別れの挨拶をする。


「それでは、フィン。また明日、早朝から来よう」


「ああ、よろしく。炊き出しやってた、青空広場に来てくれ。俺はそこで日課の稽古でもやってるよ」


「サルターレ流、という奴か」


「そっ。お年寄りでもできる健康武術がモットーさ。実戦には何の役にも立たないけど、健康目的には打ってつけだと思うよ。ちなみに、セレーネにも勧めておく」


「私に? 私は常日頃から、鍛錬を欠かしていないが」


「ノン・サルターレ」


 フィンはちっちっと人差し指を振り、セレーネに後回しにしていたことを伝える。


「貴女の身体は、たしかに常人よりもしなやかで、さすが武芸者って感じは伝わる。でもなぜかな。歩いていたとき、腕や足に、たまに緊張が走ったような強張りがあった」


 ぴくっ、とセレーネの肩が弾んだ。

 何か心当りでもあったのだろうか。普段の鉄仮面に、浮かない陰が差している。


「とりあえず家に帰ったらよく柔軟体操して、身体を温かく保つことだね。多少は楽になると思うよ」


「……そう、させてもらおう」


「運動のし過ぎは、逆に健康を損ねる。オーバーワークはやめときな」


「そこまで心配しなくて良い。私の身体は、私が一番理解している」


 俯き加減だったセレーネは、息をついて心を落ち着けていた。

 駅に向かうセレーネを途中まで送り、この場を二人は別れる。


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