捜索
フィンが失踪してから、今日で四日目を迎えていた。
いくら何でも、彼の身に何かあったことは明白。セレーネはアルフレドやオフェリアたちに相談し、スラムだけでなくセントラルも捜索範囲にしてもらった。できる限りの場所は見て回ったが、やはり安全圏に彼の姿はない。
残るはスラムの西区画。初めからこちらを捜索できれば良かったのだが、それはGSSの面々に任せている。セレーネが不用意に出歩けば、余分な抗争に発展しかねない。その点、子供たちなら浮浪児として、そこまでの警戒はされなかった。
それでも、やはり手がかりはなく、フィンのいた痕跡はゼロ。
セレーネはフィンが家に帰っていないか、足しげく長屋に通っていた。
今朝からフィンの借りる部屋の前に行くと、そこには大家の姿があった。
「あ? あぁ、嬢ちゃんか」
葉巻を吹かしながら、大家は以前と違い整った顎鬚をさする。
「あの坊主、まだ帰らんのか。ちっ、どこで何してんだかよ」
「貴方もフィンが気になっているのですか」
「そりゃ、部屋貸してる奴を気にかけるのは当然の義務だろ。坊主に何かあれば、それこそアルフレドさんの顔に泥塗っちまうし」
「……少し雰囲気が変わりましたか?」
セレーネはそこはかとない、大家の態度の軟化を感じていた。
と、大家は葉巻の火を消しながら、代わりに懐から出した細長い棒を加えた。
「人前じゃ吸うなってさ。あいつ、オレのところに貰いもんの野菜持ってきて、そんな説教垂れたんだわ。しかもガキが怖がるから、少し身なりを整えろとも。何様だってんだ」
愚痴を漏らす大家だが、その風貌から心境の変化は如実に現れていた。
「なあ嬢ちゃん。オレは変わらず、ここは希望を捨てた連中の墓場だと思ってる」
「それも一つの見解ですが、私の意見も変わりません。それを決めるのは、決して私たちではない」
「ああ、だろうな。あんたらの活動見てたら、近頃そう思えてきたよ」
一息に吐き出してから大家は遠く、セントラルまで続く高架線を見上げた。
「オレらは亡霊だ。亡霊に足はねえ。そう思ってたのによ。毎日、毎日、飽きもせずに広場で踊られてたら、自分らが死人だってことも忘れちまうのさ。あのとき、アルフレドさんに命を救ってもらったときみてえに、希望ってやつを信じちまいそうになる」
「生きるのを諦めた奴は誰も助けない。――マクスウェルは、そう言っていました」
「その台詞、懐かしいぜ。たく……どうして英雄様とあんたらが重なっちまうのかねえ」
大家は頭を掻きながら、所在なさげに肩を竦めていた。
そして何かを思い直したように、セレーネにひょんな提案をする。
「好々爺のことは知ってんな」
「一度、話したことがあります。あのご老体が?」
「今日からセントラルじゃ星奉祭が始まってるようだが、好々爺に言われたんだよ。絶対にセントラルには近づくなってよ」
「それは、どういう意味ですか?」
「分からん。オレはたまに、アルフレドさんの頼みでセントラルに行くから、その関係を気にしてくれたんだと思うが……もしかしたら、好々爺なら坊主のこと、何か知ってるかもしれねえと思ってよ。何せ好々爺はケルベロスの兄妹を――」
ケルベロスの名が出た瞬間、セレーネは我知らず大家の肩に掴みかかっていた。
「やはりフィンは、ケルベロスと何かあったのですか!」
「い、いや、それは知らねえけど……とにかく、話を聞くなら急ぎな。好々爺の様子からして、何やらただ事じゃない気がするからな」
「……っ、情報、感謝します! では!」
セレーネは踵を返し、即座に行動を開始した。
「……ありゃ、世間知らずの嬢ちゃんじゃねえ。とんでもない、跳ねっ返りだわ。これから苦労するな、坊主も」
大家は風のように去っていくセレーネに、やれやれとため息を吐いていた。
見間違いかと思った。
この数日、影も形も見当たらなかった行方不明のフィン。
そこに思わぬ情報を持ってきたのは、同じGSSのメンバーだった。
西区画から、フィンと美人が一緒に出て来て駅の方角に向かった。
その知らせはいち早くアンナの下に届き、すぐさま目撃情報を頼って駅に走る。
と、アンナは紛れもないフィンの姿を発見したのだ。
本当なら、すぐにでもフィンの下に駆け寄り、今まで何をしていたのか問い詰めてやりたかった。
彼のいない間、サルターレ流の門下生をまとめ上げた功績を褒めて欲しかった。
自分の目の前から急にいなくなって――とても寂しかったと伝えたかった。
されど、アンナがそれをしなかったのは、フィンともう一人の美人、ニューとの間に意味深な空気間を感じたからだ。
「……兄貴をどこに?」
二人が立っていたのは、スラム駅の上りホーム。
セントラルに向かう列車に乗る気だった。
「この前も、姉貴の頼みでセントラルに行ってたけど……ぜってぇ、それじゃねぇよな」
アンナは直感的に、フィンの身の上に普通ではないことが起きていると悟った。
しかしこのままでは、ニューにまんまとフィンを連れて行かれる。
どうにかして止めたかったが、アンナが顔を出せば余計な危険が及ぶかもしれない。
むしろ人質として、足手まといになるのだけは駄目だ。GSSのリーダーとして、サルターレ流の一番弟子として、決してプライドが許さなかった。
だが、アンナは乗車券を持っていない。
だったら、どうすれば――
そう考えたとき、アンナは悪魔的閃きを思い浮かべた。
駅長は普段朝に弱い。それにセントラルの検問が厳しいので、列車の後部は予算削減のため、人員を置かないことが多かった。
さらに列車の最後尾には、人の立てるデッキがある。
アンナの小柄さを活かせば、誰にも見つからずに跡を追えるかもしれない。
「……兄貴。オレたちのこと置いて、遠くに行かないでくれよ」
アンナは物陰から、列車が来るタイミングを待った。
しばらく時間が経過し、定時に汽笛が響く。白い蒸気と高音を確認したアンナは、物陰から飛び出して改札を一気に潜り抜けた。想定通り、寝ぼけ眼の駅長は、フィンたちの後に誰も客がいないと思い込み、完璧に二度寝している。
ほんの僅かな隙を突くことに成功したアンナは、急いでデッキに飛び移った。後ろ窓から、こっそりと中の様子を窺うと、そこには目を見張る大所帯が飛び込む。
アンナは好々爺からの知識でしか知らないが、今日は星奉祭の日。
他所の土地からも、この日を祝うために多くの人々がガイアードセントラルへと足を運んでいる。
「すっげー、ぎゅうぎゅう詰めだぜ。こんなら、降りるとき上手く紛れられそうだ」
フィンたちの姿は見えないが、天が運に味方した気持ちでアンナは手すりを掴む。そして内心ちょっとだけ憧れていた列車の乗り心地に、高鳴る胸を押さえながら、セントラルまでの線路を進んでいく。




