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剪定

 フィンが完全に立ち去ったのを確認し、ダスティンは小さく肩を落とした。

 同時に、ニューが険しい表情を浮かべてダスティンの傍に寄った。


「……兄様」


「たしか〝ヒドラ〟だったかな。出ておいでよ」


 ダスティンが、カンテラ越しの夜闇の森に呼びかける。

 すると木陰から湧き出るように、次々と人影が出現した。一切気配を感じさせずに、十名前後がダスティンの前に顔を出す。

 彼らの手には、物騒な得物が握られていた。


「これはダスティン殿。突然のご無礼、お許しくだされ」


 短い髭を生やした中年の男が、この一団の頭目だろう。傍らには、闇市場で片印晶(アカシックプリズム)を捌いている商人の姿も見受けられた。


「構わないよ。でも説明はして欲しいかな」


 ダスティンは一切気後れせずに悠然と返す。

 すると頭目は妖しい目つきを光らせた。ダスティンの前で身を挺していたニューを、じっくりと撫で回すように眺める。

 ニューはその視線を受け、悪寒が走ったように腕を抱いた。


「……フフッ、失礼。ですが、ダスティン殿も理解しているでしょう? 貴方がたと同盟を結んでいる身としては、相応の対価がなければならないと」


「そうだったかな。てっきり、同じ祖を持つ同志として、協力してくれていたのかと」


「取引の際に条件を取り交わしたはずです。それなのに、よその構成員を脅すような態度のままいられると、些か目に余ると申しましょうか」


 頭目はこれ見よがしに、闇市の商人の肩に手を置く。

 相手は弱みに付け込む姿勢を見せていたが、ダスティンは皮肉を利かせた。


「その件ならボクはもう気にしていないよ。そちらの商人のミスを、こちら側が尻拭いさせられかけたけれど、運良くボクの友人が解決してくれたからね」


「……それに関しては申し訳ありません。ですがね、本日の弁明はありますかな?」


「はて、身に覚えがないかな」


「そうですか。そういった姿勢を取られるのなら、こちらにも考えがありますよ」


 片手を挙げた頭目に反応し、周囲の男たちが武器をかざす。

 にじり寄るように、徐々に間合いを詰めながら、彼らは訓練場に足を踏み入れた。


「兄様、やるのか」


 危機を感じたニューが、ダスティンに意見を求める。


「ううん、ここは穏やかに交渉といこう。それが商人の持つ、唯一の武器だからね」


 ダスティンは朗らかに微笑み、頭目と一対一の対話を要求した。

 頭目は不敵に笑みを零しながら手を下ろす。


「やはりダスティン殿は、お話がよく分かる御仁ですね」


「なに、ボクは大切な妹の手を汚させたくないだけだよ。ほら、意見があるのなら聞くよ。ボクは逃げも隠れもしないからさ」


「……その不遜な態度には、一度目を瞑りましょう」


 頬を引き攣らせつつも、頭目は指を三本立てて見せた。


「三割でどうでしょうか。今月のそちらのシノギから、それだけいただきましょう」


「ずいぶん強気だね。その根拠を提示してもらおうかな」


「あのゴーレム、相当の値打ちだったと思いますよ。それをみすみす、治安保全局(ログフレア)に引き渡してしまったことは、すでに我々の耳にも届いております」


「なるほど、キミたちの怒りの理由はそれか。でもすまないね、あれは破棄するしかなかったんだよ。ボクが目をかけている子が関わっていたからね」


「もしや、先ほどの小僧のことを言っていますか?」


 ぴくっ、と頭目の眉が揺れた。


「だとすれば、笑止千万。あれは、このガイアードスラムの秩序を乱す異分子。なぜ未だに排除しないのか不思議でなりません。貴方がたの指示で、くだらない武術の集まりに手は出していませんが、その綺麗なお手を汚すのが嫌なら――代わりに処分いたしますよ?」


「……っ、兄様、こいつら」


「ふふっ。落ち着くんだよ、ニュー」


 激情に駆られそうなニューに対して、ダスティンは冷静な態度を保っていた。


「彼がカロンの民の末裔だとしてもかい?」


 ダスティンは何の気なしに告げる。

 瞬間、頭目を含めた彼らから動揺の声が上がった。


「あの小僧が――よもや、本流の血筋か!」


「そうだよ。ボクたちのように、血の薄まっていない正真正銘カロンの民の子孫さ。その使い道は、いくらでもある」


「そ、その証拠はおありで?」


「これでどうかな」


 ダスティンは荷物を漁り、何かを取り出した。


 一瞬、得物を警戒して周囲が臨戦態勢に入るが、すぐにその誤解は解ける。

 ダスティンの手の平に収まっていたのは、水晶のような紫の宝玉だった。

 頭目は一目で、その玉の価値を理解したようだ。目の色を変えてダスティンに聞く。


「ど、どこでそれを!」


「彼は土地開発で隠れ里からスラムに追われてね。そのとき、ともに移住してきた長老が持っていたのを拝借したのさ」


「では、それこそが、カロンの民の秘宝! 我らが象徴!」


「ふふ、そういうことになるけれど――……うん?」


 気づけばダスティンとニューは、男たちに包囲されていた。

 瞳を輝かせる頭目は、いつの間にか自身も何かを取り出している。それはダスティンの持つものより、一回り小さい宝石のような紫の石。


「実はですね、ダスティン殿。我々で話し合った結果、やはり貴方がたには退陣していただきたいと結論が出まして。いつまでも若造に大きな顔をされては、こちらの面子にも関わりますから」


「そんなことだろうと思っていたよ。それは軌獣(オービスト)・ヒドラの片印晶かな」


「ご明察。軌獣を操る術を持つのは、我々ヒドラとて同じ。さらにその秘宝の力が合わさったとなれば、向かうところ敵なしなんですよ。だからどうか――」


 頭目は手にした片印晶を放り投げた。

 その瞬間、紫色の発光をする石から出現するのは、九つの首を持つ大蛇だった。

 訓練場の外周を囲うようにとぐろを巻き、主である頭目に従って、ダスティンとニューに狙いを定める。


「ここで死んでいただく!」


 ヒドラと配下たちに殺害許可を放つ。

 それを受けて、一斉に襲いかかる敵を前に――


「多すぎる首は、剪定の憂き目に遭うものさ」


 ダスティンも宝玉を虚空に放った。

 次の瞬間、恐ろしい咆哮とともに、男たちが一斉に悲鳴を上げる。


「下がるんだ、ニュー」


「……ん。分かった。兄様」


 ダスティンはニューを背後に引かせ、降りかかる火の粉から妹を守るのだった。


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