罪滅ぼし
森の訓練場で、フィンはニューと鍛錬に励んでいた。
今夜はダスティンの姿はない。仕事の都合で、まだ戻っていないそうだ。
昼間に軌獣討伐の任務を手伝ったばかりなので、今日は身体を慣らす程度を考えていた。
しかし気づけば、罅隙紋を付与してもらい、かなりハードな特訓を行っている。
セレーネや他のメンバーは直帰するほど疲弊していたが、フィンは日頃のサルターレ流の賜物か。
日が暮れる頃には、すっかり体力が回復していたのだった。
「――フィン=サーニタス」
フィンがサルターレ流の動きと、罅隙紋を同調させる練習をしていたとき。
ふとしたように、ニューが合間を見計らって呼び止める。
「どうしかした?」
「集中し過ぎ。余裕がない」
ニューはフィンの没頭ぶりに、何やら違和感を覚えたようだ。
フィンにその気はなかったが、ニューに指摘されて心当りを思い巡らす。
「今日……日雇いとはいえ、穿士をやってみて考えたんだ。命懸けで軌獣と戦っている人たちがいるのに、俺は安全な場所で自分勝手なことばかりしてたなって」
「そういえば、ゴーレムと戦ったと、兄様から聞いた」
「俺は戦いすらしなかったけどな。でも結局、みんな誰かのために行動して、その上で報われないことが多すぎる。そう考えると、今まで自分がログフレアに抱いていた感情が、馬鹿みたいだなって思ってさ」
「そう。でもアナタと彼らは別の人種。考えても無意味」
「はっきり言うなぁ……そうだ、ニュー」
フィンはいったん休憩を挟み、木陰に移動しながら閃きを口にする。
「貴女はどうして刻印姫になったんだ?」
「理由はない」
「……? 刻印姫って、自分からなるものじゃないのか?」
「ワタシは正規の刻印姫じゃない」
ニューは意外な台詞を口にし、フィンを驚かせた。
「どういうことだ、それ。ダスティンが言ってたじゃないか。刻印姫には刻印の儀を受けて成るって」
「ワタシは星印晶の洗礼を受けていない。それだけ」
これ以上話す気はないのか、ニューは固く口を閉ざした。
彼女の謎は気がかりだが、フィンは話題を変えて会話を続ける。
「それなら、一つ教えてくれないか。貴女もそうだが、刻印姫はその力を使う度に傷ついてるように感じる。穿士に罅隙紋を付与すると、どんな副作用があるんだ?」
「そんなこと、アナタには――」
一蹴しかけたニューは、フィンの真剣な眼差しに射抜かれる。
そこに真摯な感情を感じてくれたように、ニューは閉ざしかけた心をフィンに向けた。
「……普段は、少し疲れが蓄積されるだけ。痛みはあまりない」
「そっか。無理させてたのなら悪い」
「問題ない。ただ、ワタシは知らないけれど、罅隙紋を付与した相手が怪我を負うとき。その痛みが刻印姫に返るとは聞いた」
「痛みが?」
「罅隙紋が傷つくということ。穿士に与えた罅隙紋は、必ず刻印姫に戻る。そのとき、全身がひび割れる痛みに苛まれる。らしい」
「じゃあ……罅隙紋を使って俺たちが無理するほど、貴女たちにその反動が?」
「ええ。でもアナタの訓練には付き合う。兄様の指示だから」
「……刻印姫は、元々奴隷だったか……」
その歴史の意味を、フィンは否応なく理解させられるようだった。
「フィン=サーニタス。ワタシも質問する」
問いに答えた見返りか、ニューはじっとフィンを見据えた。
断る理由もないので、フィンはニューからの問いかけを受ける。
「アナタはなぜ、サルターレ流の師範になった? 昔、アナタはサルターレ流そのものを、嫌っていた気がする」
「……そのことか」
ニューのそれは、現在のフィンを見れば到底当てはまらないものだった。
フィンも過去の己は、あまり思い出したくない。若気の至り、といえばそれまでだが、彼女の言うように昔はサルターレ流を嫌悪していた。
しかし三年前、大切な家族を失って、フィンは初めて自らの愚かさに気づかされる。
「強いて言えば、罪滅ぼしかな」
「そう」
「って、自分から聞いといて、あんま興味なさそうだな」
「初めから興味はない。ただ、さっきまでのアナタが、昔のアナタに似ていた。そう思ったから聞いてみただけ」
「えっ、そんなに俺、荒れてたか?」
「目的を見失っている。ワタシには、そう感じられた」
本質を見抜くようなニューの一言。
フィンはハッとして己の言動を鑑みる。
嫌なことを忘れるように、訓練にのめり込んでいたのは、きっとログフレアの不遇な実情を知ってしまったから。
そしてその現実に、セレーネが心を痛めているように感じた。
だからフィンは、過去の自分のように――全てから逃げていたあの頃のように、目の前にあるものを見ないように頭を空っぽにしていたのだ。
「そう、だな。俺がこの街に来たのは、刻印姫や穿士のことで悩むためじゃない」
フィンは勢い果敢に、大事なことを思い出させてくれたニューの手を取る。
あまりにも一瞬の出来事で、ニューは目を丸くしながら硬直した。
「ありがとな、ニュー。俺は必ず、この街を――いや、この国をサルターレにしよう!」
「フィン=サーニタス……顔、近い」
「え――わ、悪い!」
今にもお互いの吐息が当たる距離で、フィンはサッと後ろに引いた。
このときばかりは、サルターレ流の極意八点超駆をフルに生かし、訓練場の端まで一息に高速移動してしまった。
その凄まじい後ずさりに、ニューはぽかんとしたのち、ふふっと笑う。
「アナタなら、本当に変えられるかもしれない。この国も……兄様も……」
後半は距離が空き過ぎて、フィンには聞き取れなかった。
「――おや? 二人とも、そんなに離れてどうしたのかな」
そんな折、仕事から戻ったダスティンが訓練場に現れる。
二人の妙な距離感を気にかけていたが、ダスティンはすぐフィンに告げた。
「フィン君、軌獣退治で疲れただろう? 今日はもう帰った方が良いよ」
「俺はまだ元気が有り余ってるが」
「実はこれからニューと夕食なんだ。フィン君も同席するなら構わないけれど、知っての通りボクたちの家はスラムの西区画だからね。もしケルベロスと問題が起きたら、申し訳ないけど庇ってあげられないよ」
「ああ、そういうことなら」
ケルベロス云々より、兄妹の時間を邪魔するのも気が引ける。
フィンはニューに謝辞を述べておいた。
「ニュー、今日は助かった。ほんとにありがとう」
「お礼はいらない。アナタは、アナタらしくあれば良い」
「ボクのいない合間に、二人に何かあったのかな。でも友人と妹が仲睦まじいのは、実に喜ばしいことだよ」
ダスティンはそんな感想を漏らしつつ、一足先にフィンだけ帰らせる。
「少しニューと打ち合わせがあってね。すまないけれど、今日はここで解散だ。フィン君は先に帰って構わないよ」
「そっか。じゃあ、また」
フィンは二人をこの場に残し、訓練場を後にする。
その後ろ姿を見送るように、ダスティンは手を振っていた。




