鉄の揺り籠
無事に任務を完了させた一向は、帰りの列車に揺られていた。
向かい合う四人シートにフィンたちが座り、通路を挟んで隣の席にアルフレドと武器たちが置かれる。
誰もが憔悴したような表情を浮かべ、セレーネだけが普段の澄まし顔で腕を組んでいた。
フィンは窓辺から外の景色を眺めながら、一人酔いと闘っている。
「それにしても先生のアーツフリードは圧巻の一言に尽きる。僕もあれぐらいの必殺が打てるように日々精進したいものだ」
「パークリーさんは元気が有り余っていますわね。ワタシはもう眠いですわ」
「お前ら、今日はよくやった。ほとんど私の活躍だがな。若いときは休めるときに休んどけ。人間、歳取ると――いっ、ちち……こうして、全身が悲鳴上げるからな」
アルフレドは苦悶の表情で、座席に全身を任せていた。
彼の放ったアーツフリードとは、罅隙紋の力を解き放つ穿士の切り札だ。
これを行使すると、その戦闘中は罅隙紋の能力を全て失う。代わりに最大火力を軌獣にぶつけられるため、ここぞという場面で用いる必殺技だった。
失われた罅隙紋は再び刻印姫に戻り、数日をかけて能力を取り戻す。
そのため長期任務が入っているときなどは、なるべくアーツフリードに制限をかけることが多いらしい。
今回は非常時だったので、オフェリアも承知の上の譲渡であったが――
「お身体は大丈夫ですか、マクスウェル先生。アーツフリードを使用したのなんて、何年ぶりでしょう?」
「さてな、自分の歳なんてもう数えたくねえよ」
アルフレドは気丈に振舞っていたが、その代償は目に見えて深刻そうだ。
元より罅隙紋の能力は、人体に過剰なまでのパフォーマンスを発揮させる。フィンもかなりの疲労感が足に蓄積されていた。
それに加えて、アーツフリードの威力は自身に大きく跳ね返ってくる。
初老のアルフレドにとって、そのダメージが甚大なのは致し方ないことだった。
「ヒュアンシス。君だって、僕たちに罅隙紋を付与して疲れているだろう。ここは気を遣わずに休みなよ」
ウィンダムが刻印姫としての負荷を気にかけると、オフェリアは小さくあくびする。
「……ええ、そうしますわ。あまり寝顔は見ないでくださいね」
オフェリアは瞼を閉じてから、もののすぐに寝息を立てた。
「では、僕も一休みさせてもらうよ。戦士たちに束の間の休息を」
「そんなら、私も眠るぞ。はぁ……こりゃ、明日筋肉痛どころじゃねぇな……」
続けざまに、ウィンダムとアルフレドも席で仮眠に入る。
起きているのは、窓際で向かい合うフィンとセレーネだけになった。
揺り籠にはいくぶん激しい鉄の箱で、他の乗客もまばらな空間に二人きりのような感覚。
フィンは眠る気分にはならず、ふっと横目にセレーネを見やった。
視線に気づいたのか、セレーネは短く吐息を漏らした。
「今日はご苦労だった。感謝する、フィン」
「俺は何もしてないよ。それより軌獣を倒したってのに、冷めた態度されてたな」
「いくつか台車を破壊されたのが原因だ。致し方ない」
「でもあの人たち、セントラルの人間なんだろ? それなのにあの心の余裕のなさは、どういうことだ。まだサバーブの人の方が伸び伸びしてるように感じるが」
「セントラル内でも格差はある。それに作業員の一部は、サバーブからの出向だ。言葉は悪いが、彼らは彼らで職業差別を受けている。ならば、そういった人間の矛先は、自分たちがさらに見下せる相手になるのは自明の理だ」
セレーネは客観的に分析した意見をまとめる。
「セントラルでも、ノン・サルターレか……世知辛いな」
「フィン。今さらながら、君の語るサルターレとは、どのような状態を指す?」
ふとしたように、セレーネが根本的な疑問を捻ってきた。
普段からフィンはサルターレ――汝、健康なれ、を掲げているが、改まって聞かれると答えに窮した。
「どうだろう、みんなが笑顔でいられるとか、そんなところかな」
「それなら、現状君はもうそれを叶えているのではないか?」
思いがけないセレーネの台詞。
フィンは首を傾げながら頭を掻いた。
「おかしなこと言う。俺はまだまだ誰もサルターレにできてないが」
「しかし笑顔だけが目的なら、サルターレ流の門下生たちはそこに当てはまる。よく稽古を見学させてもらっているが、君の前では彼らは常に笑みを零している。君という存在に対し、口々にお礼の言葉を述べている」
「それはそうだが、あのスラムの状態は決してサルターレとは呼べない。父さんが成し遂げたように、誰もが争わず、そして食べるものにも困らない、タイタンのような場所のことを指さないといけないんだ」
「それでも君は、人々のためになっている。ログフレアのような、軌獣と闘う者が誰からも謝辞を述べられない立場と違って……」
どれほど活躍しても、それが当たり前の行いとして昇華されること。
セレーネはどこか、その虚しさを説いているように感じた。
「すまない。少し、感傷的になっていたようだ」
「貴女が謝る必要はないけど……それって、もしかしてセレーネの父親に関係あるのか?」
フィンは直感的に、セレーネの奥底に訴えかけた。
瞬間、セレーネはサッと顔色を変える。
「……っ、なぜ、そう思う?」
「さっき軌獣と戦う前、セレーネは周囲の意見は気にしないって言ってたからさ。今貴女はこんな話をしているが、作業員たちにお礼を言われなくて不貞腐れてるようには思えない。そんなのは、きっとセレーネらしくないからね」
「……君は意外と思慮深いのだな」
「だから人々の笑顔のために働いたにも拘わらず、誰からも賞賛されなかった人物――例えばそう、貴女の亡くなった父親のことを思い浮かべてみた」
フィンの推測は、どうやら的を射ていたらしい。
一筋の息を吐きながら、セレーネは小さく肩を落とし、穏やかにフィンを見やる。
「君は相変わらず、不思議なところでクレセントだ」
「それは、誉め言葉として受け取っとくよ」
「フィンの言う通り、父は数々の栄誉を受け取ることなく死んだ。けれど、その原因となったのは、紛れもなくこの私なんだ」
「セレーネが……だって?」
フィンは思わず聞き返すが、その真意を知ることは叶わなかった。
「私には父に同情する権利も、君に嫉妬する資格もない。それだけのことだ。つまらない話を聞かせてしまった。フィンもガイアードに戻るまで十分休んでくれ」
セレーネは自己完結するように、そこで話を区切ってしまう。
気づけば、いつの間にかアルフレドたちが薄目で聞き耳を立てていた。途中から話を聞いていたのだろう。
そこに浮かぶ感情の多くは、きっと悲哀と呼ぶべきもの。
それらの想いを、セレーネ自身が気づいていないはずはない。
だが、彼女の心は永久凍土のように何人の侵入も拒むようだ。
この場の一同は、軌獣を倒した仲間のはずなのに。
フィンには、セレーネが孤独に浮かされているように感じられた。




