アーツフリード
眼下にそびえる大岩の体躯が、視界全てを覆い尽くしていく。
軌獣・ゴーレムは、その全身を岩石で固められた巨人だ。人型を模した四肢は圧倒的質量を持って稼働する。
頭上から小石が脳天に降り注ぎ、ゴーレムはようやくフィンの肉薄に気づいた。
首を持ち上げ、天高く望む粗削りの顔。
落ち窪んだ眼は虚ろに赤く、突き出した鼻は歪に曲がっている。唸るように開かれた大口は深淵を広げており、迫り来るフィンを呑み込まんと待ち構えた。
「おっと」
風を鳴らす剛腕が迫っていた。
フィンを掴まえようとしているのか。とっさに壁を蹴り、フィンは丸太のような軌獣の腕に飛び移る。
不安定な足場を蹴り上げ、フィンはゴーレムの巨躯を縦横無尽に駆け巡った。
「それにしても、でかいな」
腕から肩、首筋にかけてフィンはゴーレムの体表を駆け抜ける。
それをむず痒く感じたように、大岩の怪物は全身をぶるりと震わせた。
バランスを崩したフィンは、空中で態勢を立て直しながら地面に着地する。両手を地面につき、四足をつける獣のような態勢で軌獣の動向を見極めた。
「やっぱり遅いな。それならまずは、道具を拾うか」
フィンは馬の脚力を活かし、スピードラインに乗せて採掘場を駆け出した。
この作戦の根幹は、フィンがどれだけ機材を無傷で回収できるかにかかっている。
軌獣討伐のみを目的とするなら、セレーネたちが全力を尽くせば終わりだ。しかし採石場の確保が絶対条件としてある。
多少の損害は覚悟してもらう他ないが、先方も生きて稼ぐために必死だ。
サバーブ育ちのフィンとしては、その気持ちが痛いほどよく分かる。仕事場、道具、それらを失いたくないのは当然の願い。
さすがに荷台の移動はフィン一人では不可能なので、小物を拾うのに専念する。
ツルハシやハンマーなど、手で持てるものは必死にかき集めた。
動きの遅いゴーレムの間隙を縫うのは問題ない。
以前、けんけんぱと称して、GSSから凶器や硬貨の回収も行っている。普段のゴミ拾い活動も相まって、フィンはあっという間に作業道具を集め終えた。
それを遠い場所に確保し、フィンを狙って歩き出したゴーレムの正面まで戻る。
「おいおい、あんまり動かないでくれ。台車を踏まれると、俺たちが怒られるんだ」
採石途中の石を踏み鳴らし、軌獣は怒るように接近する。
戦闘になれば、素手のフィンに対抗する手段はない。相手の攻撃は当たらないが、こちらも倒す手段がない膠着状態になる。
けれど、すでにフィンは自身の役目を果たしていた。
元より軌獣にトドメを刺すのは、フィンの役割ではない。
「――貴女となら、いつだって完璧ですわ! セレーネさん!」
「無駄口はクレセント! 断ち斬るぞ、オフェリア!」
二人は呼吸を合わせ、一気に崖を飛び降りた。
三日月の剣と、幅広の両手斧。
二つの得物が陽光を浴びて煌めいた。
彼女たちの存在に気づき、振り向きざまに両腕を突き出す軌獣。
その頑強な肩口に、二筋の一閃が迸った。
斬、と振り抜かれる刃。加速と重力で威力を増した刻印姫の一撃は、容易くゴーレムの両腕を削ぎ落すことに成功する。
一挙に左右の重心を失い、一瞬その場でよろめくゴーレム。
そこに最後の攻撃を成すのは、罅隙紋・猪を宿したウィンダムだった。
「さあ、解放せよ、我が深淵の魔槍よ!」
貫通力を増幅させるストレートラインを持つ、罅隙紋・猪。
従来は弓矢や砲筒など、遠距離武器が主体となる罅隙紋。だが、そこに槍の突貫力が加わったとき、その怒涛の直進はありとあらゆるものを刺し貫く。
「汝、その尖鋭に慈悲はなく! 我、突き通せぬもの、この世に非ず!」
言霊に乗せて放たれるウィンダムの一擲。
顔を上げたゴーレムの眉間目がけて、漆黒の猛攻が直撃した。
槍を眉間に刺したまま、ウィンダムが空中を翻って着地する。
漆黒の槍は後頭部まで貫通し、見事にゴーレムを仕留めきっていた。
「お見事ですわ、パークリーさん」
「ふっ、僕の愛槍にかかればこんなものだよ」
「すごいな。なんか大袈裟だったけど格好良かったぞ、ウィンダム」
「サーニタスも今度やると良い。叫びながら技を放つと、身も心も引き締まるよ」
フィンたちは勝利ムードで、功労者を称える。
「……いや、待て」
しかし、何かの異変に気づいたようにセレーネが声を上げる。
「軌獣が結晶化しない。まだゴーレムは生きている!」
セレーネが注意を呼びかけた瞬間だった。
脳天をぶち抜かれたにもかかわらず、ゴーレムは四人に居直りながら、残された両脚で大きく地団駄を踏み始めた。
深紅の眼差しが、血塗られたように色めいていく。
巨大な地鳴りを引き起こし、フィンたちはその場に釘づけにされた。
「……っ、あれは〝デストラクション〟ですわ!」
オフェリアが、ゴーレムの引き起こさんとする正体を口ずさむ。
刹那、両脚で大地を蹴り上げ、天高く巨体を浮かび上がらせる大岩の怪物。
断崖絶壁を遥かに越して、大空に届かんとする高度でピタリと停止した。
そして地表に吸い寄せられるように、身体を上下反転させながら急降下する。
最悪の破壊をもたらす、軌獣の切り札デストラクション。あれが地上に落下すれば、周辺一帯は粉砕され、巨大クレーターが全てを飲み込むだろう。
「こ、こちらも対抗しませんと! パークリーさん、できますか!」
「駄目だ! 僕の槍はあいつに刺さったままだ!」
「それだけじゃない。私たちの足が地面に縛り付けられている」
先ほどのゴーレムの地震によって、フィンたちの足元が大地に固定されていた。
足の裏が根づいたように、一歩も動くことができない。デストラクションを炸裂させるために、軌獣が施したスタン攻撃だった。
「まじか……硬直させられたんじゃ、俺がみんなを背負って逃げることもできないな」
絶体絶命の窮地の中、フィンはどこか達観した気持ちを抱いていた。
せめて彼女たちだけでも逃がしたいが、死は誰の前にも平等に迫ってくる。スラムで蛇の軌獣に襲われたときも、思えば恐怖のような気持ちはなかった。
もしかしたら自分は、心の奥底で死を望んでいるのだろうか。
肉親を全て失い、天涯孤独の身の上なればこそ、今後の生にはきっと意味など――
「――生きるのを諦めた奴は誰も助けない。けど私は大人だから、ガキどもが死ぬところなんざ見たくねんだわ」
その声は、四人の前に歩み出るようにもたらされた。
肩に大剣クレイモアを担いだアルフレド。
大きな背中が、頼もしげに少年少女たちの前にそびえる。
「ヒュアンシス君、罅隙紋・獅子だ」
「……っ、はい、分かりました!」
オフェリアは、アルフレドの意図を瞬時に理解したようだった。
付与される罅隙紋・獅子は、最も攻撃力を高めてくれるオフェンドライン。
とっくに肉体は老いているはずなのに、全身から立ち昇るアルフレドの鋭気は、歴戦の強者として未だ健在だった。
「その目に焼きつけとけよ、ひよっこども」
両手で構えた大剣が、隕石の如く落下するゴーレムの正中線を捉える。
「軌獣ってのは、こうやって倒すんだよ!」
振り上げた剣から、一斉に湧き上がる金色のオーラ。
敵を叩き斬るために生み出されたクレイモアが、まさしくその意を体現する。
「アーツフリード――英雄の一撃!」
縦に落とされる、綺麗な太刀筋を描く英雄の軌跡。
音を置き去りにするように、虚空を断ち斬るその刃は、遅れて豪風を掻き鳴らす。
ピシッ、と入る亀裂はゴーレムの額。
綺麗に刺さったウィンダムの槍を基点とし、雷鳴のように全身へと派生していく。
次の瞬間、バッと空中で真っ二つに裂ける岩の巨人。
それが引き金となったように、地上に降り注ぐ眩い光。
ゴーレムの巨体はその存在ごと否定されるように、瞬時に消失していく。
やがて地上に落ちたのは片印晶と、地面に突き立つ漆黒の槍だけだった。




