戦う理由
石切り場の前を陣取るように、石像を模した巨体が鎮座していた。付近には採石作業に使用する道具や、石を積んだ荷台がそのまま放置されている。
軌獣ゴーレムは時折石を鷲掴みにしながら、それをお菓子のように貪り食っていた。暴れる様子はないが、このままでは根こそぎ石が食べられてしまう。
作業員たちの生活にも関わるので、一刻も早い駆除が求められた。
「壮観足る巨体を有しているな。岩窟が人の姿を模したとすれば、きっとあのような造形として顕現されるのだろう」
「つまり見たまんまじゃないかな、それ」
「お馬鹿を言っていないで、作戦通り完璧にこなしてくださいな」
「相手は緩慢な動きだ。着実に隙を突けば、手こずる相手ではない」
アルフレドを除く四人は軌獣の頭上の崖から覗き込み、その様子を観察していた。宿舎で作業員たちから聞いた情報では、ゴーレムは基本的にその場から動かない。たまに腹が減ったように石を食べる以外、何かに危害を加えることもなかった。
相手が大人しいということもあり、今回の討伐の際に作業員たちはある条件を設けた。それが作業道具や石切り場に、一切傷をつけないということである。
戦闘になれば、ゴーレムが暴れ出すのは明白だ。
しかしログフレアに対し、民間人は常に的確な処置を求める。
守ってもらうのが当然という、どこか自己中心的な考えが蔓延っているのだ。
国税で運営されている組織に対し、民間人は嫌悪を示しやすい。
サバーブ育ちのフィンには分からない感覚だが、要するに金を払った分だけ真面目に働けというのだ。
そして僅かでも手落ちがあれば、すぐに批難の声を浴びせかける。
ログフレアとは秩序を守る傍ら、守るべき人々と板挟みにされる苦悩を背負っていた。
「……なあ。みんなは、どうして戦うんだ?」
先の作業員たちの態度を見て、開戦前にフィンはそんな言葉を投げかける。
実のところフィンは、つい最近まではあの作業員たちと同じ意見を有していた。
三年前、タイタンが軌獣に襲われた折、ログフレアは中々現着しなかった。
彼らがもっと早く着てくれていれば、スラムの被害は最小限に抑えられたかもしれない。父も弟も死ななかったかもしれない――そんな身勝手な考えを抱いていたのだ。
けれど、誹謗中傷を受けながら命を懸けて国民を守る義務。
そんなものは、きっとない。
それこそタイタンで牧師が説いていたような、無償の愛を持つ人間など、この世には一握りのはずだ。
少なくともフィンは、顔も知らない他人のために命を差し出す真似はしない。
だからこそ、セレーネたちがログフレアへの道を歩む理由が不明瞭だった。
最初に解答してくれたのは、きょとんとした表情をするオフェリア。
「おかしなことを聞きますのね。そんなの、貴族は民のために尽くすのが当然の務めだからですわ」
「なるほど。ノブレス・オブリージュってやつか」
「あら、サーニタスさんは博識ですわね。本当にサバーブ育ちですの?」
「ああ……弟がな。医者を目指してた関係で、よくいろんな知識を教えてもらったんだ」
「そうでしたか。サーニタスさんを見ている限り、ご立派なお医者様になれるでしょうね」
フィンの素行がよく見えているのか、オフェリアはそんな評価をしてくれる。
しかし、その弟はもうこの世にいない。自分から切り出した手前、余分なことは語らずにフィンは話し相手を変えた。
「ウィンダムは?」
「実は僕もサーニタスと同じく、サバーブ生まれなのさ。親が必死にお金を溜めて、セントラルの市民権を得たから、そう長くはいなかったけどね」
「へえ、そういう人もいるんだな」
「でも生まれは付いて回る。士官学校でも、僕の居場所は限られていてさ。サバーブ生まれの僕が信頼を勝ち取るには、多くの人々を救うしかないんだ。サバーブ生まれの星。憧れの英雄、アルフレド=マクスウェルみたいにね」
「……あの人もそうだったのか」
どれだけスラム活動に精を出しても、彼らはセントラルの人間。
心の奥底では、劣等感にも似た感情を抱いていたが、やはり表面ばかり見ていては相手の本質など分からないらしい。
フィンは最後にセレーネに目を向けるが、彼女は変わらずの無表情だった。
「私は私の信念に従っているだけだ。他人からの評価に意味はない。それよりも、オフェリア。フィンに罅隙紋を付与してやってくれ」
セレーネは淡泊に、作戦通りの行動を実行に移そうとした。
作戦内容としては、まず回避能力の高いフィンが囮になり軌獣の気を引く。
フィンに意識が向いている間に、他の三人が一気にゴーレムを叩く手筈だった。
セレーネは長剣、ウィンダムは漆黒の槍、オフェリアは両手で戦斧を携えている。
「オフェリアが俺にやるのか?」
フィンはセレーネに聞き返す。
刻印姫と穿士の分担として、お互いがペアとばかり思っていた。だが、話を聞くにセレーネは誰とも罅隙紋を共有しないという。
「聞いておりませんでしたか、サーニタスさん。セレーネさんは、穿士に罅隙紋の付与ができないのですわ」
「え? そうなのか」
「いや……できない……わけではない」
セレーネにしては歯切れ悪く、妙に俯き加減だった。
それが何を意味するのか、フィンは知らない。オフェリアとウィンダムは事情を把握していそうだったが、ここで無理に聞き出すのも気が引けた。
「そっか。じゃあ、オフェリア頼んだ」
気を取り直し、フィンはオフェリアから刻印姫の力を借り受ける。
「お願いしますわ、サーニタスさん。それではいきますわよ」
オフェリアはレイピアを胸の前に構え、意識を集中させた。
溢れる光は彼女の背中に紋様を描き、青色の輝きとともに解き放たれる。
紡がれた光は、緻密な情報を転写するようにフィンに浴びせられた。
刻印姫が穿士に与える力の一端である罅隙紋。
その譲渡の証明は、背中に燃えるような熱として、ひび割れた幾何学模様を浮かび上がらせる。
「罅隙紋・馬。さっ、そちらの坂を下りて、スピードラインを見せてあげなさい」
「ああ。やってみる」
フィンはその両脚に速度を乗せて、眼下のゴーレムに向けて走り出す。
『……っ!』
その瞬間、残された三人はギョッと崖から身を乗り出した。
フィンは断崖絶壁を勢いそのままに駆け下りて行ったのである。まともな人間なら、尻込みするほどの傾斜など、最初から眼中になかったように。
「セ、セレーネさん。罅隙紋・馬は、移動速度を上げるだけでしたわよね?」
「私もそのように記憶している。はずだが……」
「ハッハッハ! サーニタスは実に勇猛果敢だな!」
直角を疾走する人間を目の当たりにし、三者は度肝を抜かれていた。




