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GSS

 ガイア―ドに来て、二週間目の半ばに突入した早朝。

 青空道場でサルターレ流を教える直前のことだ。


 今日はセレーネ不在で、昼にやって来ると前日に伝えられている。

 準備体操をしていたフィンの下に、顔を揃えてアンナを筆頭とした子供たちが来た。彼、彼女らはすでにサルターレ流の門下生として常に模範的だった。動きに不安のあるお年寄りを見かけると、その度に誰かが隣に寄り添って教える光景がみられた。

 そのおかげで青空道場の開催中だけは、このスラムに本物の活気が訪れるようだった。


「――兄貴、聞いてくれるか?」


 そんな折に、アンナがやけに真剣な面で相談を持ちかけてくる。


「どうした、コーディ。他のみんなも。何かあったか?」


「そうなんだよ、兄貴。オレたち、今無性に困ってんだ」


「へえ、何だろ。俺で良ければ相談に乗るが」


「ありがとな。そんじゃ、テメェら。兄貴に言うぞ」


 改まってアンナは、仲間たちを見渡しながら切り出した。


「オレたち、兄貴が来る前はガイア―ド・ストリート・ボーイズで名が通ってたんよ」


「……はあ」


「だけどもう、サルターレ流の生徒だろ? 他に良い呼び方があると思うんだ」


「ぼくたちの案だと、サルターレボーイズ、とか」


「ストリート健康ボーイズ、みたいなの」


「サルターレ流支部ガイア―ドボーイズ、っていうのも」


「あるんだけどよ。兄貴、どう思う?」


 一同、真顔でフィンに意見を求めて来る。

 フィンは薄い笑みを張りつかせ、なるべく彼らの主張を傷つけないように提案した。子供の視野が狭いのは、成長の過程なので大事にしていきたい方針である。


「ひとまず、男女を一括りにする呼び方だけ変えてみようか」


「なら、オレのはどうよ。みんなからは不評だが、兄貴なら分かってくれるだろ?」


「んー、言ってみ」


「名付けて、超決起集会サルターレ流組合、ガイアード反乱軍総本山とかどうよ! オレが徹夜で考えた自信作なんだが――」


「却下」


 フィンはにべもなく一蹴した。

 さすがに長すぎるし、壊滅的ネーミングセンスに反骨思想が酷すぎる。

 アンナは膨れ顔で唇を尖らせるが、他メンバーはうんうんと腕組みしながら頷いた。


「それなら、お前らの意見を統合してみよう。ガイアード・ストリート・サルターレ支部。略して、GSSぐらいならまとまりが良いんじゃないか?」


「GSSか……すげえ、言いやすいぜ!」


 語感が気に入ったように、子供たちはGSSの呼称で満場一致した。

 GSSのメンバーには、他の門下生のお年寄りなどは入れないらしい。あくまでも、子供たちをまとめた呼び方として定着させるようだ。


「よっしゃ! やる気、出てきた!」


「それは良かったな」


「なあなあ、兄貴。いつか、いっしょにセントラルに行けたら、サルターレ流とGSSの名前、轟かせてやろうぜ。金の上でふんぞり返ってる奴らに、目にもの見せてやるんだ」


「いや、お前のセントラルのイメージどうなってんだ。しかも反乱する気満々か」


「そんで、オレたち、腹いっぱい食べながら金の上で寝るんだ。へへ、良いだろ?」


「……まあ、理想を目指すのは大事だ。頑張れよ、コーディ」


 フィンは苦笑しながら、アンナの大きな夢を聞き届けた。


「そんじゃ、兄貴。今日もサルターレ流のご指導、よろしくお願いします!」


『よろしくお願いします!』


 いつにも増して、元気な挨拶とお辞儀だった。

 フィンはGSSの面々とともに、続々と集まって来るスラムの住民と、サルターレ流の稽古に勤しんだ。




 快晴の空が澄み渡る正午。

 ガイアードスラム駅に、フィンとセレーネの姿はあった。


「――突然ですまない」


 セレーネは謝罪から入り、フィンのために用意した切符を手渡す。


「別に良いって。それより、俺なんかで足手まといにならないか?」


 まだ改札に入る前に、フィンは再三の確認を取った。


 セレーネがフィンの下に現れたのは、昼に差しかかる前である。

 いつもの青空広場で、ログフレアが炊き出しの準備を始めた頃に彼女も現れた。

 普段より落ち着きのない空気で、フィンの姿を見つけるなりセレーネは口を開く。


『――フィン。軌獣(オービスト)の討伐任務に同行してくれないか?』


 そのときの感情は驚きよりも、意外性が勝っていた。


 セレーネはガイア―ド士官学校から、実戦の資格を剥奪されている。それなのに彼女が、軌獣との戦いに参加できる理由が不明だった。

 続けて話を聞くと、何でも学友の手助けをしたいそうだ。


 よくログフレアの職員と炊き出しを行っている、セレーネ同様に実質の退学宣言を受けたという二人。

 彼らはセレーネと違って、実戦が許可されていた。

 それどころか、実地任務で満足のいく結果さえ残せれば、退学の取り消しも視野に入れると伝えられている。


 学友の退学処分を取り消せるのなら、惜しみなく協力したいとセレーネは語った。

 アルフレドに無理を通してもらい、何とか同行許可まで取りつけた。

 しかし刻印姫(スティグマール)は、必ず一人以上の穿士(ブレイバー)と組まなければならない。

 付与できる罅隙紋の数から差し引いて、刻印姫を含め最大八名までの部隊となる。学友の二人はそれぞれ刻印姫と穿士なのだが、セレーネには相手がいない。何名かクラスメイトを当たったが、全て断られてしまったようだ。


 それゆえにセレーネは、無理を承知でフィンに穿士の要望をする運びとなり――


「前線には私たちが出る。フィンは後方で見守ってくれるだけで構わない」


 快く了承したフィンは、セレーネと駅の改札に向かう途中だった。


 ホーム周辺を鉄柵で仕切った、形ばかりのガイアードスラム駅。

 上りと下りの両方に屋根はついているが、ところどころ天井に穴の開いた急ごしらえ。

 常駐している駅員は、暇そうに欠伸して改札小屋から顔を覗かせる。


 いくらテラ王国の首都ガイア―ドとはいえ、その手前のスラム駅を利用する客はほとんどいない。誰もが、徐々に勾配を上げていく高架線の先にある、華やかなセントラルの正面ゲートを目指しているのだ。

 駅周辺に客足は乏しく、行商や旅人を二、三人見かけるぐらいである。


「まあ、さすがに一緒に行くからには、できる限り手伝うけど……次の列車で、二人が乗ってくるんだっけ?」


「そうだ。マクスウェルも監督役として同行する」


「アルフレドさんか。そういえばあの人、前に好々爺から英雄って呼ばれてたな。昔は穿士だったのか?」


「私の父上と同じ部隊に所属していた。十数年前、土地開発で無数の片印晶(アカシックプリズム)が発見される事件があった。大量に出現した軌獣を討伐し、多くの作業員を救ったことから、英雄と呼ばれるようになったと聞く」


「へえ、そうなんだ。前に話したときは、ずいぶん事なかれ主義みたいに感じたが」


「あれでも頼りになる人物だ。実際、スラムでの活動に助力してくれているし、サルターレ流のポスターをコピーして、掲示板に貼る許可をくれたのもマクスウェルだ」


「それはありがたいな。あっ、セントラルじゃ、サルターレ流はどうなってる?」


「たまに公園でポスターの真似をする、ログフレアの退役者を見かける。老後の暇潰しとぼやいているのを聞いた」


「暇潰しでもなんでも、サルターレの輪が広がってくれるのは素直に嬉しいよ」


 セントラルでも順調に普及ができて、フィンは非常に満足な成果だった。

 スラム街においても、青空道場への参加者は増えてきた。どこまで治安向上の役に立つかは分からないが、フィンは自分にできることを最大限に発揮していく所存だった。


「――おや?」


 二人が、いざ改札を通ろうとした折だった。

 背後から、こちらに呼びかける声がある。


「フィン君じゃないか。それに――」


 手荷物の鞄を持参したダスティンは、制服姿のセレーネに目を留める。


「士官学校の……ということは、フィン君と活動している子だね。どうも初めまして。ダスティン=ウェークフィールドと名乗るものです」


「これは丁寧に痛み入る。私はセレーネ=フォン=ウォルメリアだ」


 二人はお互いに向き合い、お辞儀をしながら挨拶を交わす。

 そういえばフィンは両者を知っているが、セレーネたちは初対面だった。

 妙にむず痒い気分になりながら、フィンもダスティンに声をかける。


「こんにちは、ダスティン。そっちも列車に乗るのか?」


「え? ああ……うん、ちょっと商売の用事で遠出をね」


「そっか。俺はセレーネの付き添いで、軌獣討伐に――どこ行くんだっけ?」


 フィンはこれから向かう場所を聞きそびれていた。

 セレーネに目を向けると、彼女は感情のない眼差しでダスティンを注視しながら、行先を明かす。


「プラネティス採石場だ。そこで軌獣・ゴーレムが発生した」


「ありがと、セレーネ。そうらしいよ、ダスティン」


「採石場のゴーレム……」


 ダスティンは、その意味を理解するように虚空を見つめた。


「……うん、そうか。それなら気をつけて行きなよ、フィン君。討伐任務なら、訓練の成果も見せられるかもしれないからね」


「冗談。まだ基礎をやったぐらいだろ?」


「キミのポテンシャルがあれば十分すぎるよ。それとニューにも伝えておこう。きっと朗報を心待ちにしてくれるはずさ」


「俺はそんな役に立てないって……」


 フィンはダスティンの期待を受けて、出発前から肩が重くなるようだった。


「……そうだ。フィン君たちに会ったら、忘れ物があったことを思い出したよ」


 手荷物を探る仕草をしながら、ダスティンは愛想笑いを浮かべる。


「騒がせてしまってすまないね」


「何だ、ダスティン。またいつものうっかりか」


「はは、気をつけてるつもりなんだけどね。それじゃ、ボクはいったん戻るよ。じゃあね、フィン君。それに――〝孤高の刻印姫(セレーネ)〟さん」


 ダスティンはセレーネに妙な笑みを投げかけ、そのまま引き返して行く。

 セレーネは変わらずの無表情だったが、ダスティンを望む様子が普段と違って見えた。

 それがどういった感情なのか掴めないフィンは、洒落っぽい話題を振る。


「ダスティンって格好良いよな。男なら誰でも憧れる顔だし」


「……あの男が、ケルベロスと取引を行っている商人だったか」


「え? ああ。でもダスティンはそこまで悪い奴じゃない。違法なことは商売でやってるけど、誰かを傷つけることはしないよ」


「そうだと良いが……それよりも、フィン」


 改まってセレーネはフィンに居直る。

 続く言葉は、少々強めの語気。


「訓練とは何だ?」


「あれ、セレーネにはまだ言ってなかったっけ。ダスティンの妹のニューって子が刻印姫でさ。ここのところ夜になったら、穿士の訓練させてもらってるんだ」


「彼の妹が刻印姫? ……いや、そんなことは良い」


 セレーネは矢継ぎ早に質問を投げた。


「刻印姫の力を受け取ったのか? 罅隙紋(クレスト)の力を行使したのか?」


「そ、そうだけど……」


「なぜそのことを私に黙っていた?」


「いや、悪い……つい忙しくて話すの忘れてた。何かまずかったか?」


「君の都合だ。私には一切関係ないが――クレセント、とだけ言っておく」


 普段の三割増しでクールな物言いだった。

 心なしか、怒っているようなセレーネの態度に、フィンは首を傾げるほかない。


 ひとまず、駅員に切符を見せて改札を抜ける二人。

 列車を待つ間、妙に気まずい雰囲気が流れた。

 そして正午過ぎに到着した列車で、セレーネの学友やアルフレドと合流を果たす。



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