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戦時下において、魔石と杖と魔導書は魔法使いの武器に相違なかった。
ゆえにリーリエの魔導書も、敵味方を問わず幾度となく狙われた。
奪われるたび、契約は増えた。
ページをめくった指先が裂け、滲んだ血が紙に吸われる。
署名は意思ではなく、血によって刻まれる。
それは強制された誓約。
そして同時に――
リーリエを守る盾。
内容をリーリエは知らない。
彼らの悪意が反転し、リーリエを護る文言が彼らの血によって刻まれるのだ。
魔導書の全ての頁には魔法陣が描かれている。だがそれは普通のインクではない。
黒い魔力を流し、インクのように定着させて描いた陣。
だから盗んだ者には、ただの白紙にしか見えなかった。
リーリエは戦場でこの本を開き、指先で線をなぞり、静かに魔力を流す。
そうすれば、魔法は即座に起動する。
もし本がなくても、地面でも空中でも、最初から陣を描けばいい。
戦闘の道具としては便利だが、宝物と言うほどではない。
しかし、彼女は――盗まれてもすぐ見つかる仕掛けを入れていた。
盗まれたい訳ではない。
ただ、盗んだなら相応の報いがあるだけ。
そして。
(もし見える人が盗んだなら)
黒い魔力を。
(きっと魔導書が教えてくれる)
その期待だけが、彼女の中で静かに灯り続けていた。
―――
城へ向かう回廊は、午後の光に満ちていた。
リーリエは魔導書を腕に抱え、回廊を進む。
「見つかったのか」
フリードリヒだ。
低い声と同時に、とん、と背表紙を指で叩かれる。
「大丈夫と言ったでしょ」
振り返らず答える。声色は穏やかで、どこか得意げだった。
リーリエは歩いている。
魔導書を抱えて。
静かに。
ただ静かに。
(……また違った)
探し人は。
まだ、見つからない。




