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王城大議場は、異様な静けさに包まれていた。

重臣、貴族、将軍、文官。

王国の意思を決める者たちが円卓を囲んでいる。

普段なら、息巻いた派閥同士の舌戦が起きる。

はずだった。

王が声高に、しかし短く告げた。


「本日の議題を述べる」


全員の背筋が伸びる。


「王立研究機関――魔法塔を設立する」

ざわめきが走った。

だが王は止まらない。


「管理責任者には、リーリエ・スヴァルトハイム公爵を任命する」


空気が凍った。

次の瞬間。

怒号が上がる――はずだった。

保守派の席。

視線が一斉に一人へ集まる。

アルベルト・フォン・シュトラウス侯爵。

古参貴族の筆頭。

伝統主義の象徴。

王権派最大の障害。

彼が反対すれば、この議題は紛糾する。

長期審議。棚上げ。最悪否決。

誰もがそう思っていた。

だが。

シュトラウスは、動かなかった。

机に手を置いたまま。

視線を落としたまま。

沈黙したまま。

シュトラウスが険しい表情を崩さないまま、時間だけが過ぎる。

ざわめきが困惑へ変わる。

隣席の貴族が小声で囁いた。


「侯爵……?」


返事はない。

王が言う。


「異議はあるか」


沈黙。


「……異議はないと判断する」


槌が鳴った。


「可決する」


その一音で。

王国の制度が一つ、生まれた。


会議終了後。

石造りの廊下を、二人が並んで歩いていた。

窓から差す光がを金に染める。


「……妙だな」


先に口を開いたのはフリードリヒだった。

リーリエは魔導書を腕に抱えたまま、首を傾げる。彼女は成人前なので会議に参加していない。


「何がです?」


「分からないか?」


「はい」


即答だった。

フリードリヒは横目で彼女を見る。


「シュトラウスだ」


リーリエは瞬きをした。


「シュトラウス侯爵が?」


「奴が黙る議題じゃない」


足を止める。


「魔法塔の設立だけならまだいい。だが管理者がお前だ」


沈黙。


「新参の若い女。国王の寵愛頼りの成り上がり」

淡々と並べる。「酷い」とリーリエが口を挟むがフリードリヒはフンと鼻を鳴らしただけだった。


「奴が最も嫌う条件が揃っている」


リーリエはこくりと頷いた。


「そうですね」


「だが沈黙した」


フリードリヒは言った。


「理由は何だ」


リーリエは少し考える仕草をした。

そして。


「朝お見かけましたが、体調が悪そうではありましたね」


真顔で言った。

沈黙。


「……本気で言ってるのか」


「はい」


「お前」


フリードリヒは言葉を切る。

目を細める。


「秘密はなしだぞ」


「秘密なんて」


リーリエはフリードリヒを見た。


「彼の意思ですよ」


呼吸一つ乱れていない。

フリードリヒはしばらく彼女を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「まあいい」


視線を前へ戻す。


「結果は出た」


窓の外、遠くに建設予定地が見える。


「魔法塔は建つ」


リーリエもそちらを見た。


「はい」


「管理者はお前だ」


「はい」


「反対派は沈黙した」


「そうですね」


沈黙。

フリードリヒは体を屈めてリーリエの耳元で囁いた。それは戦時下での気安い彼らの距離だった。


「――秘密主義の魔女め。さっさと吐け」


リーリエは呆れたように微笑んだ。


「詮索好きの勘違い国王様。乙女に詰め寄るものではないわ」


フリードリヒは豪快に笑った。


「七つも下の臣下に反抗期が来た」


「最悪。女心を教える教師はエルディフィアにいるかしら」


「安心しろ、隣国の姫が教えてくれる」


得意げなフリードリヒに、リーリエは悲しい顔をした。

隣国の和平のために輿入れするオリアナ様を引き合いに出されれば、リーリエは傷ついて黙るしか無かった。


「勝手にして」


乱暴に話を終わらせると、リーリエは適当にカーテシーをしてさっさとその場を後にした。



その頃。

別の廊下。

シュトラウス侯爵は壁に手をついていた。

呼吸が浅い。

額に汗。

脳裏に焼き付いている。

あの頁。

あの文字。

蘇るリーリエの声。


『約束です。次の会議では、静かに』


歯を食いしばる。

声に出さず呟く。

(……見ておれ、次は)

その瞬間。

胸の奥で。

何かが、蠢いた。

言葉にならない圧力。

誓約。

契約。

――破ればどうなるか分かっているでしょう?

聞こえた気がした。

あの静かな声が。

侯爵は目を閉じた。

拳が震えた。

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