表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/71

6

魔導書の誓約書を難しい顔で読んでいたリーリエは、思い至ったように言った。


「そうだ」


首を傾げるシュトラウスに、リーリエは人差し指を立ててみせた。


「一つ、取引をしませんか?」


侯爵の喉が鳴る。


「……取引?」


「ええ」


あまりにも軽い調子だった。


「次の会議で、陛下が議題を出します」


侯爵の瞳が揺れる。


「その時」


リーリエは淡々と言った。


「異議を唱えず、静かにしていてください」


沈黙。

罠か。

いや――

彼女は取引と言った。

自分は反対派閥の筆頭。

黙れば議題は簡単に通るだろう。

しかし。


「……断ったら?」


リーリエは即答した。


「何も起きません」


指先で契約のページを撫でる。


「この契約のままです」


侯爵のこめかみを嫌な汗が伝う。


「受ければ?」


「一部、消してあげます」


リーリエは本をシュトラウスの前に置いた。

呼吸が止まる。

契約の一部を。

無効に。

いや、これこそ罠であるかもしれない。


「何故だ。貴殿に得がないだろう」


これだけ強い誓約書を作れるのだ。命令する方が利があるように思うが。


「そうですね。こんなギチギチな誓約書ができると思わなかったので。さすがに良心が痛みました」


シュトラウスは訝しんだ。さっきから、誰かが勝手にやったような口ぶりだ。

とはいえ。

リーリエの気が変わらないうちにシュトラウスは視線を本に落とす。

決まっている。

侯爵は言った。


「……ここだ」


震える指が一文を指す。


『貴方に対して秘密を作らず』


「それを消してくれ」


リーリエは瞬きをした。


「これでいいんですか?」


侯爵は奥歯を噛んだ。

貴族が秘密を持てないなど、死ねと言われているのと同じだ。

リーリエはしばらく彼を見ていた。

やがて。


「いいですよ」


あっさり言った。

指先で文章をなぞる。

赤い文字が霧のように薄れ、消えた。

契約文が変わる。


「ではこの誓約でまとめますね」


そう言って、リーリエは自分の名前の脇に指を押し当てた。彼女の指紋が浮き上がり、誓約は成った。

侯爵の膝から力が抜けた。


「……あ」


息が漏れる。

助かった。

まだ戦える。

そう思った瞬間。

リーリエが言った。


「では約束ですよ」


声は柔らかい。

薄桃色の口に、人差し指。


「次の会議では、くれぐれも、静かに」


侯爵は頷いた。

頷くしかなかった。

リーリエは満足そうに本を閉じる。

ふと、リーリエは悲しい顔をした。

侯爵は思わず口を開くが、言葉が出る前に少女はカーテシーをした。


「では、失礼いたします」


後にはひび割れたガラスの窓と、火の消えた暖炉の前で呆然と跪くシュトラウス侯爵だけが残った。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ