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王都エルディフィアは、文字通り「お祭り騒ぎ」の熱狂に包まれていた。

青空からは、色とりどりの紙吹雪が花びらのように降り注ぎ、午後の陽光を反射してキラキラと輝いている。

一年にわたる「嘆きの沼」掃討作戦。泥と死臭にまみれた戦地を乗り越え、ついに帰還した英雄たちの姿に、民衆は喉が枯れんばかりの歓声で迎え、広場では楽団が勇壮な凱旋歌を奏でていた。


「おい、見ろよ! あのでかい塔、あれがスヴァルトハイムの魔法塔か?」


「噴水も増えてるな。たった一年で、すっかり様変わりしやがって」


重厚な鎧の擦れる音を響かせ、馬を進める騎士たちは、口々に感嘆の声を漏らした。建国直後に戦地へ駆り出された彼らにとって、この王都は自分たちが血を流して勝ち取り、これから育てていく「愛すべき祖国」そのものだ。平和の象徴のように輝く新しい街並みは、疲れ切った彼らの目に眩しく、そして何より誇らしく映った。


隊列の先頭を行く建国の英雄エドガー・マクシミリアンはもちろん、先月から合流して掃討の決定打を放った国王フリードリヒと聖女ビアンカに対しても、歓声が止むことはなかった。

ようやく王城の門をくぐり、馬を降りて、緊張が解けた瞬間。

今夜は家族と、明日は祝勝会で仲間と。誰もが安堵の息を漏らしたその時、


「エドガー様――っ!」


群衆と騎士たちの間を縫うようにして、銀髪をなびかせた一人の少女が駆けてきた。


「……っ、リーリエか! 息災だったか!」


エドガーが振り返った瞬間、記憶よりも少しだけ背が伸び、大人びたかつての戦友――スヴァルトハイム公爵家当主にして魔法塔の主――が、弾けるような笑顔で飛び込んできた。


「きゃあぁっ!?」


あまりの愛らしさと懐かしさに、エドガーはつい昔の癖で、彼女の脇に手を差し入れてひょいと持ち上げた。


「な、何やってんですか!エドガー様!!」

「 リーリエは令嬢ですよ!」

「子供じゃないんですよ!」

「お、おい! 誰か、スヴァルトハイムを助けろ!!」


周囲の騎士たちが慌てて詰め寄るが、いかんせん長身のエドガーが本気で腕を伸ばしてホールドしているため、誰もリーリエに手が届かない。リーリエは空中でバタバタと足を動かし、顔を真っ赤にしている。


「む、すまん、つい……」


エドガーが照れくさそうにリーリエをふわりと地面に下ろすと、周囲の騎士たちの小言が始まった。



「もう……気をつけてください」

「スヴァルトハイム公爵家当主ですよ!? 公爵家当主!」

「肩書きの重さを感じてください!」

「お前もだぞスヴァルトハイム! ちゃんと拒否しろよ!」


「エドガー様、びっくりしました……」


困ったように笑うリーリエに、建国前からの戦友である騎士たちは毒気を抜かれ、顔を見合わせて笑い声を上げた。


「おかえりなさい。みんなも、元気でよかった……!」


「ああ、ただいま。またお前の顔が見れて嬉しいよ」

「約束通り、生きて帰ってきてやったぞ」

「お前の陛下もご無事だ」


和やかな再会の空気の中、話題は自然と「嘆きの沼」での話になった。聖女ビアンカの奇跡的な浄化の光、そしてフリードリヒ王が「魔王の卵」を破壊した際の姿。そして――。


「いやぁ、それにしてもビアンカ様の奇跡。瀕死の陛下の傷があっという間に治って!」

「そうそう! まさに聖女。帰りも甲斐甲斐しく陛下に付き添われて。もう誰も入り込めない空気でしたよ」


無邪気に報告する騎士たちに、エドガーは難しい顔をした。

リーリエがかつてどれほどフリードリヒに想いを寄せていたかを知っている別の騎士も咳払いをした。。


「ゴホンッ! お前ら、余計なことを言うな」

「……その、リーリエ。気にするなよ」


エドガー達が精一杯の励ましを絞り出すと、リーリエは少し困ったように目を伏せた。


「いいのよ。私、もう伴侶を決めたから」

「…………は、伴侶ぉ!?」


エドガーの目が、こぼれ落ちそうなほど丸くなった。

王都を離れていた一年の間、リーリエとは手紙でよく交流していた。だが、その中に浮いた話は一文字も書かれていなかったはずだ。


「き、聞いていないぞ! 誰だ、その男は!?」


動揺するエドガーの横から、騎士たちが次々に割り込んでくる。


「陛下がよくお許しになったな! リーリエ、ヤケになって変な男を選んでないだろうな!?」

「そうだぞ、おまえを泣かすような奴なら、俺たちが叩き斬ってやる!」

「ヤケになるくらいならスヴァルトハイム、俺に乗り換えろ! 今なら俺もフリーだぞ!」

「お前は黙ってろ!」


わちゃわちゃと騒ぎ立てる男たちを、エドガーが拳骨でたしなめる中、リーリエは頬を少し染めながらも嬉しそうに微笑んだ。


「大丈夫、とても素敵な人だから」


その心底幸せそうな笑顔を見て、騎士たちは「……ならいいんだけどよ」と、どこか兄か父親のような顔で頷き合った。


「でも、不思議だなぁ。あの陛下がよく許したもんだ」

「本当だよ。リーリエに近づく男を全員凍らせる勢いだったあの陛下が……」

「前なんて、スヴァルトハイムの前でちょっと下品なジョーク言っただけで、赤い粉にされそうだったんだぞ」


陛下を納得させるほどの傑物なのか、と騎士たちが感心したその時――リーリエが気まずそうに肩を竦めた。


「実は、陛下にはまだ、お話ししていなくて」


「「「え」」」


…………一瞬、その場の空気が絶対零度まで冷え込んだ。


「……ちょ、ちょっとこっちへ来い」


エドガーは無言でリーリエの腕を掴むと、人気のない壁際までズルズルと引っ張っていった。

「陛下には今から報告に行くつもりです。エドガー様にも会っていただきたいです!」

「うん、そうだな。私もぜひ会いたい。だがその前に。リーリエ……お前、一応聞くが、その男の存在を陛下はご存知なのか?」


「ええ。ノクスというのだけど、ビアンカ様と一緒に召喚したんです」

「伴侶を召喚したのか……?」

「ちっ!違います! 聖者召喚で……!」

「待て、そのノクスとかいう奴は聖者なのか?」

「ええと、聖者というか……渡り人?」


ビアンカ様のように魔力を出してはいないんです。と一生懸命説明するリーリエ。

エドガーは今日一番の深い溜息を吐き、彼女の頭を無骨な手でわしわしと撫でた。


「お前の説明は、いつもよく分からん」


そして、少しだけ声を落とし、優しいトーンで尋ねた。


「……陛下のことは、その、もういいのか?」


戦地で、誰よりも献身的にフリードリヒを支えていた彼女を知っている。その想いを断ち切ったのか、と。

リーリエは一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。


「……ええ。もう平和ですもの。いつまでも陛下の隣に、わがままを言って居座ってはいられなませんよ」


そして、納得していないようなエドガーの目を見ると、言い訳するように彼女は付け加えた。


「それに、陛下には出立前に……嫌われちゃったから」

「え?」


エドガーは耳を疑った。あの過保護なフリードリヒが、リーリエを嫌う?

だが、少し寂しそうに笑うリーリエに聞き直すのは酷に思えた。


「……お前が決めたことなら、俺は何も言わん」

「ありがとう、エドガー様」


――ちりん。


魔導書が鳴る。


騎士たちが一斉に向く。

リーリエは戸惑った。出立の日、彼女に「去れ」と言ったフリードリヒの金の瞳。あんな親愛の欠けらも無い鋭い瞳を向けておいて鈴のカードを彼は鳴らしたというのか。


「……陛下がお呼びだわ」


呟くと、リーリエは皆の方を向き直った。


「エドガー様、皆様、本当にご無事でよかった。王国を守ってくださって、ありがとうございました!」


リーリエはぺこりと頭を下げると、硬い表情で城の奥へと入っていった。


「お前の成人の祝い、呼べよ!」

「おめでとう、スヴァルトハイム!」

「また後でなー!」


口々に祝辞を叫び、彼女の銀髪が見えなくなるまで手を振っていた騎士たちだったが、彼女がいなくなった途端、ざわ……と不穏な空気が漂い始めた。


「……エドガー様。今のスヴァルトハイムの話、どう思います?」

「『陛下にはまだ話してない』って……」

「成人したら、すぐ結婚するつもりですよね、あれ」

「陛下……絶対、許さないと思うんですけど」

「というか、そいつ、生きて帰れるんですか?」

「エドガー様、リーリエの伴侶を陛下から守らなくていいんですか……!?」


不安げな視線を向けてくる部下たちに、エドガーは「不敬だぞ、バカ者」と窘めたが、その背中には嫌な汗が流れていた。

エドガー達は今はただ、リーリエの決めた「素敵な人」の武運を祈るしかなかった。


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