表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/74

60

それから数日たった朝、リーリエは鏡の前で珍しく入念に髪を編んでいた。


「どうしたの?気合いが入ってるね」


朝食に寝坊したノクスが「おはよう」と言いながら、のそのそとリーリエに近寄って頬にキスをした。

ノクスが勝手に日課にしているキスだ。

リーリエは毎日赤くなる。それが可愛くてやめられないのが本音だ。


「…おはよう。今日遠征軍が帰ってくるのよ」


ノクスはハッとした。フリードリヒの事など忘れていた。

以前ノクスが凱旋パレードを見に行く話を断ったから、リーリエは今までその話題を避けていた。


「そ、それでおめかししてるの?」


わなわなと震える声が出るノクスに「そうよ」と返す。


「ノクスは会ったこと無かったわよね。エドガー様達が帰ってくるのよ」


知らない男の名前が恋人の口から出てきた。

嬉しそうに「お変わりないかしら」なんていいながら、髪にピンをさす。


「エドガー、様?」


「そう。建国前にすごくお世話になった騎士様よ。建国の英雄なんだから」


「建国の英雄って、リールヒェンだけじゃなかったんだ」


動揺を隠すようにノクスは言う。恋人がいちいち動揺していては、リーリエに失礼だと自分を励ました。


「私は後方支援のおまけよ。戦場を駆け抜ける姿が本当にカッコ良かったのよ。

私の事を娘みたいに可愛がってくれた素敵なおじ様なんだから」


リーリエはかつての戦友を褒めちぎるが、ノクスにはたった一言しか響いていなかった。


おじ様。


その言葉にノクスはやっと肩の力が抜けた。他にも名前が沢山出てきたけれど、ノクスはもう驚かなかった。どの男も戦場でリーリエを守ってくれたのだ。ノクスにとっても恩人のようなものだ。

しかし、牽制するに越したことはない。


「俺も挨拶したいな」


「多分落ち着いたら来てくれると思うけれど。そうね、成人のお披露目会の時に会えばいいわ」


「成人?」


なんとはなしにノクスは聞く。


「そう、私はもうすぐ大人。議会にも出られるし、自分の意思で結婚だってできるの」


出来ることが増えて嬉しいわ。そう言って自慢げに笑うリーリエに、ノクスは驚いた。


「結婚?」


その言葉だけ、やけに胸に響いた。

リーリエは黒い瞳を煌めかせるノクスに笑って尋ねた。


「する?結婚」


「する!」


即答だった。…けれど。


「でも、フリードリヒが許さないんじゃない?」


リーリエは公爵家当主。自分は世界を渡ってきた身分も過去もない男だ。平民と同じ。

国王であるフリードリヒが首を縦に振るとは思えない。


しかし、リーリエの青い瞳に不安の影はなかった。


「ふふん、いまはフリッツが後見人だけれど、成人になれば使える書類があるのよ」


そう言って、引き出しから羊皮紙を取り出した。


「これよ」


差し出され、ノクスは受け取った。

そこには、王家の印章が入っていた。


『スヴァルトハイム家の縁者となる者は、本人、スヴァルトハイム家当主、リーリエ・スヴァルトハイムの三者のサインによって正当なものと認める』


それは、魔法塔が建てられた頃にフリードリヒからもらった書類。

フリードリヒが「結婚はリリの好きにすればいい」と言って一筆書いたものだ。当時フリードリヒに恋心を抱いていたリーリエからすれば、これは言わば「敗戦の書」。しかし、今となってはノクスとの結婚を約束する「勝利の書」なのだ。


ノクスは顔を上げた。リーリエの瞳をまっすぐ見つめたまま、胸に手を当て、リーリエに跪く。


「結婚してください」


彼女の前に手を差し出すノクスの口からこぼれた本音に、リーリエは「成人したらね」と、手を添えて微笑んだ。


どちらともなく体を寄せ、キスをする。


「誰にも取られたくない」


うわ言のようにノクスが囁く。


「誰も取らないわ」


笑いながら言うリーリエに不安が募る。

彼女は脇が甘い。いや、脇ががら空きなのだ。


ノクスはリーリエの首に唇を沿わせた。


「ひゃっ!?」


びっくりして距離をとるリーリエに、ノクスは意地悪そうに笑った。


「誰にも、取られたくないからね」


言っていることが分からず鏡を見ると、赤いアザのようなものが首筋に付いている。

跡をつけられた事に気づいて真っ赤になるリーリエを後ろから抱きしめ、ノクスはうなじにも同じものをつけた。


「ちょ!ちょっと!」


振り返り、ノクスの口を両手で押さえる。

今から凱旋パレードを見に行くのに。

戦友たちと一年ぶりに会うのに。


「ふしだらな女になっちゃったわ」


「まだ何もしてないけど」


「今したじゃない」


顔を手で覆って嘆くリーリエの髪を、ノクスは笑って優しく解いた。


「ほら、これで見えなくなった」


いつものように髪を下ろしたリーリエが鏡に映る。


「…心配だわ」


念の為太めのチョーカーを装着し、不満げな顔をして「行ってきます」とリーリエは言った。


「行ってらっしゃい」


意地悪しすぎたことを少し後悔し、手を振るノクス。


「あ、魔導書」


ノクスは魔導書に触れようとして手を止めた。うっかり魔法陣を消してしまってはまたリーリエが泣いてしまう。


リーリエは玄関で立ち止まると、走って戻った。魔導書をとらず、そのままままノクスの胸に飛び込む。

そして驚くノクスの、だらしなくボタンを開けていたその薄い胸板に吸い付いた。

ノクスがビクリと体を震わせた。リーリエは彼から離れ、ふふっと笑う。


「私もノイを取られたくないわ」


ノイ。


それはリーリエが初めて口にするノクスの愛称だった。


「帰りにスヴァルトハイムの印章取ってくるわね」


意地悪そうに青い瞳を細め、リーリエは魔導書を持って出かけて行った。


ノクスはズルズルと床にへたり込んだ。


「リールヒェン…」


彼の胸には、リーリエの首と同じ跡が付いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ