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暗く、熱く、それでいて心地よいゆりかごの中。
私は、ただその時が来るのを待っていました。
真っ黒な卵の殻の内側で、私は自らを蝕む「白」に焼かれていました。
魔族の宿命――純度の高い黒い魔力の核を包み込む、結晶化した白い魔力。それが内側から肉を溶かし、神経を逆なでするような激痛をもたらします。
「卵」の中には沼と同じ、黒い魔力の泥濘が満ちています。触れているところが気持ちがよくて、少しだけ痛みを忘れさせてくれました。
沼に溢れる下等な魔物たちが叫び、暴れ狂うのに沼の外に出ないのは、この地獄のような痛みから逃れたい一心なのです。
(熱い……痛い……誰か、私を救って……)
私たちは、本能的に聖者を求めていました。
この痛みを、何も残さず連れ去ってくれる存在です。
外側で、眩いばかりの白い魔力が沼を蒸発させているのを感じました。白の聖女。彼女の光は強大で、私にとっては猛毒と同じです。彼女の白に触れた魔物達は、魂に痛みをもったまま「蒸発」という名の、想像を絶する苦痛を伴う終焉を迎えました。
彼女は私たちの聖者ではない。
私は彼女を拒絶し、殻の奥で息を潜めました。
その時――。
冷たく、けれど鋭い「黒」の波動が殻を叩きました。
人間の王の魔力。この土地を統べる者だけが持つ、深く、重い、闇の力。
氷の剣が殻を断ち割った瞬間、私は自らを「霧」へと変え、その裂け目から躍り出ました。
目の前には、肩で息をする黄金の瞳の男――人間の王。
(ここだ。この男の中に、私の居場所がある)
人間の王によって卵が壊される時、それは私にとっても僥倖なのです。
私を外に出すほどの強い苗床が来た。
私は泥の飛沫に紛れ、彼の口からその胎内へと滑り込みました。
狭く、生暖かい感触に私は身を捩りました。彼の中に黒い魔力を感じました。そこへ向かえばいいのだと本能が訴えてきました。
「うっ」
人間の王が短く咳き込み、しかし私を飲み込みました。
落ちた先は黒魔力に満ち、まるで新しいゆりかごのようでした。私は安心して身を委ねました。
魔力越しに、彼の意識が伝わってきます。
彼は歓喜していました。私を掃討したと、仲間と騒いでいるのを感じました。
彼の体内は、期待していた以上の「深淵」でした。
王家特有の、濃密で、逃げ場のないほど豊かな黒い魔力。
私は彼の魔力を巡り、心臓のすぐそばに根を下ろしました。
(ああ……なんて静かで、豊かな黒だ……)
内側の「白」がもたらす激痛は消えませんが、王の持つ黒い魔力が、それを一時的に和らげ、私を急速に成長させていきます。
皮肉なことに、彼は今、かつてないほどの全能感に満たされています。私の魔力が、彼の身体機能を底上げし、視界を研ぎ澄ませているからです。
彼は誇らしげに剣を掲げ、騎士たちの歓声に応えています。
その背後で、泥にまみれた白の聖女が彼を見つめています。
(近寄らないで欲しい。私のゆりかごを、白で犯さないでほしい)
夜、人間の王が眠ると彼の見る夢を感じます。
眩しい銀髪の人間の子供と、真っ黒な子供の夢でした。
彼が夢の中で子供の名を呼ぶ時、私の鼓動は彼の鼓動に合わせて脈打ちました。
私はなんて幸せなのでしょう。
まだ、声は出しません。形も成しません。
私は彼の黒い魔力のなかで微睡み、内側から彼の見る世界を見ていました。
私は、ただゆりかごの中で「 その時」が来るのを待っていました。
今もじくじくと傷む、この魂の、何もかもが消える瞬間を。




