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馬車の中で仮眠を取った徹夜明けのリーリエは、夜明けまでかかって作った魔道具を大事そうに抱え、ビアンカの部屋へ向かった。

もちろんフリードリヒの魔道具も作ってあるが、ビアンカに先に渡すと決めている。順番が大事なのだ。

磨き上げられた回廊の床は朝の光を鈍く返し、リーリエのフラフラした不規則な足音が響く。


白と深い緑を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋 が目にはいる。レースのカーテンが光をやわらかく遮り、磨かれた家具は静かに光を吸い込んでいる。


リーリエは一瞬、目を細めた。


ビアンカの白い魔力が部屋中に柔らかく満ちて、リーリエの目には美しい幻のように映った。


だがその中央に座るビアンカだけが、場の調和からわずかに浮いていた。

細い指先が肘掛けを叩き、わずかに規則を乱している。

リーリエがカーテシーをする間に、ビアンカは無言で侍女たちを下がらせた。扉が閉じる音が、やけに大きく響く。

ビアンカだけが、ピリピリとしていた。


「そんなにおめかしして、なんの用かしら」


明らかに不機嫌なビアンカに、リーリエは心配になった。


「嘆きの沼出征と聞き、お役に立てればと、魔道具をお持ちいたしました」


机に置かれた重厚な箱をひとつ、リーリエはビアンカにすっと押してやった。


「護身のお守りにお持ちください。ビアンカ様を埃ひとつからでもお守り致しますでしょう」


ビアンカがつまらなそうに箱を開けると、中には華奢なデザインの指輪とチェーンが入っていた。


「時間の都合でいい魔石が手に入らず、手持ちの指輪に護りの魔法陣を施しました。サイズが合わなければ首にかけて頂いて、ビアンカ様の魔力で……」


リーリエが朗々と説明していると、ビアンカは怒りに顔を歪め、指輪をリーリエに投げた。


「ビ、ビアンカ様?」


「……本当に、あなたって恵まれてるのね」


ビアンカは軽く息を吐いた。怒りを抑えるためだ。


「王の隣にいて、塔まで与えられて。誰からも愛されて、守られて」


私は行きたくもない魔物との戦場に行くのに、あなたは安全な王都で、こんなお古を私に渡して行ってらっしゃいと言う。


なんて傲慢な女。


ビアンカは嘲るように笑ってみせた。


「それで、自分は特別だと思っているのかしら」


リーリエが何か言おうとする前に、ビアンカは言葉を紡ぐ。


「でもね、それ全部“あなた自身”の力じゃないわよ」


視線だけで押し潰すように。


「フリードリヒがいたから。ノクスがいたから。あなたはそこに立っていられるだけ」


ビアンカの細められた琥珀の瞳が妖しく輝く。


「あなた幸せね、そんなに鈍感で」


その声は、優しさの形をしている。


「でも、それって欠陥よ。世界を正しく見られないのに、どうして人の上に立てるの?」


ビアンカが言葉を切っても、もうリーリエは口を開かなかった。


「ねえ、気づいてる?あなた、自分で何も選んでないの」


聖女は微笑む。


「流されて、与えられて、愛されてるだけ」


少しだけ声を落として、ビアンカの笑みは消えた。


「羨ましいわ。本当に。……空っぽでも、あんなふうに愛してもらえるなんて」


リーリエはビアンカを真っ直ぐに見ていた。それは妖精公爵と言うに相応しい、表情の抜け落ちた顔だった。


ビアンカはふっと軽く笑う。


「安心して。フリードリヒのことは私に任せて」


ビアンカはリーリエが握った指輪に視線を落として言い捨てる。


「そんなお古いらないわ。陛下も騎士たちも私を守ってくれるもの」


ビアンカはスッキリしたとばかりに目を閉じて紅茶を一口飲んで小さく息を吐いた。

そしてゆっくりと目を開けた。目の前の小娘の屈辱を受けた顔を見てやろうと。


ビアンカと目が合ったリーリエは、にっこり笑った。


「ごちゃごちゃうるさいです、癇癪持ちの泥酔製造機聖女様」


「は……はぁ!?」


声をあげるビアンカを無視してリーリエはすっと立ち上がる。


「戦場って、すぐ人が死ぬんです」


リーリエは魔法陣を施した指輪をビアンカに放った。

思わず指輪を掴むビアンカに、リーリエは真面目な顔をして目を閉じた。


「危ないのでちゃんと持っていてくださいね」


息を深く吐く彼女の得体の知れなさに、ビアンカは怯んだ。


「な、何よ」


強がるビアンカの頭上に両手をあげて、リーリエが呟く。


「霜よ、霜」


次の瞬間、天井の一角に冷気が集まり、瞬く間に硬質な氷へと変わる。

光を反射し、鈍く輝く巨大な塊。

それがビアンカの頭に落ちてきた。


「きゃあああ!!」


ビアンカは思わず目を閉じた。


氷塊はビアンカの真上で砕けた。

塊の一部はビアンカの脇に転がり落ち、粉々になった氷は一欠片もビアンカに触れず、蒸気になって消えた。

少し涼しくなった部屋で、ビアンカはぶるりと震えた。

氷塊から守った魔法陣の指輪は、彼女の強く手の中で握られていた。


「な、な、なに、」


信じられないとリーリエを見るビアンカに寄り、彼女は膝を折った。


「ほら、これがあれば、あなたを何ものからもお守りしますよ」


「……え?」


ビアンカが握る指輪を、彼女の手ごと握って、リーリエは真面目な顔で言った。


「陛下や騎士がいくら気をつけていても、魔物の動きは不規則で、対応できない時が来るでしょう。その万が一に、私はあなたを助けたい」


ビアンカは目を丸くした。


「あ、呆れた……」


思わずこぼすビアンカにリーリエは微笑んだ。


「どうか、お気をつけて」


華奢で小柄な成人もしていない魔法使いの手は存外暖かく、ビアンカの出征への恐怖を沈めた。


「……あなた、私に触れてるわ」


それに気づいたビアンカが、うわ言のようにぽつりと言った。

その時。


「なんの騒ぎだ!」


フリードリヒがビアンカの部屋に血相を変えて入ってきた。


フリードリヒの目に、ビアンカの脇に転がっている氷の塊が飛び込んできた。


「スヴァルトハイム!何をしている!!」


「陛下」


驚くリーリエにズカズカと近寄ると、彼はその重厚な魔法使いのローブを掴んでグイと引っ張った。


リーリエは床に倒れ込んだ。

ローブの留め金が外れ、床に散り、硬い音が響いた。


「陛下、何を、」


何が起きたか分からず、リーリエはフリードリヒを見た。


「ビアンカ、大丈夫か?」


「え、ええ。ありがとうフリードリヒ」


彼はビアンカの背をさすった。彼女の無事に一息つき、リーリエを振り返ったその顔は怒りに満ちていた。

そしてその体には、白い魔力が。


「失望したぞ、リーリエ・スヴァルトハイム」


弁明のひとつも許されない、完全な拒絶にリーリエは絶望した。




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