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「いつまでそんな格好してるんだ」


声に驚き振り返るとそこには、もう来ないとタカをくくっていたフリードリヒがいた。


「……そんな格好?」


驚きすぎて、オウム返しの質問しか出ないリーリエ。フリードリヒは、2人きりの時にだけする柔らかな表情で笑った。


「そんな、子供みたいな格好だよ」


「それは。まだ、未成年、だから」


リーリエは咄嗟に背を隠した。フリードリヒはコツコツと靴音を響かせながらリーリエに寄った。


「お前くらいの令嬢は、もう大人びたドレスだが」


しゃがんでリーリエのクシャクシャのスカートの端をつついた。


「そうなの?」


フリードリヒがその大きな手でスカートに触れる。なんだか恥ずかしくなってリーリエはサッと裾をひいた。

フリードリヒは金の瞳でリーリエを見た。リーリエが落ち着かなくなるくらい、真摯な瞳だった。


「ドレスのイチャモンをつけにわざわざ来たのですか?」


リーリエはふいと視線を逸らすと、フリードリヒはふっと笑った。


「いや。リリと話したくて」


その言葉に心臓が跳ねた。

昼餐会であれほど冷たかった彼が、なんの用なのか。


「私といると、ビアンカ様が怒りますよ」


「あはは、今日はやり込められていたな」


「あれは、フリッツが彼女の味方するからでしょ」


思わずフリードリヒを見ると、やけに嬉しそうな顔をしていた。魔法を使ったのだろうか、体内の白い魔力が少し抜けていた。


「久しぶりに呼んだな」


安心したような笑みに、リーリエの心は揺れた。


「フリッツだって、久しぶりに私をリリと呼んだわ」


フリードリヒの顔がやけに近くて、リーリエはその金の瞳から目が離せなかった。


「舞踏会ではすまなかった。教会も隣国もビアンカを狙っていてな。こちらは磐石なのだと知らしめるためにお前に甘えてしまった」


「随分な言い草。すぐに私じゃないって気づいたくせに」


「そうだな。リリだったら広間が今頃湖だ」


「そこまでじゃないわ」


むくれるリーリエにフリードリヒはほほ笑みかける。


「そうだな。沼くらいだったかな。違う?噴水ほどか?」


からかう彼の金の瞳にランプの火が揺れる。その美しさにリーリエはため息を吐いた。


フリードリヒはリーリエの銀の髪をひと房取ると「許して、私の魔法使い」と言ってキスを落とした。


リーリエは顔を真っ赤にしてフリードリヒの手から髪を奪った。


「どこで覚えたのよ。やめてっ」


フリードリヒは快活に笑い、リーリエは「はしたない甘えんぼ陛下」と罵った。


「リリ」


そっぽを向くリーリエに、フリードリヒは声をかけた。すごく真面目な声。


「明日、嘆きの沼の掃討戦に向かうよ」


リーリエは思わず振り返った。近いと聞いていたが、明日だったとは。


「嘆きの沼」

それは、ある日急に発生する、黒いヘドロのような沼の事。

沼の中央には真っ黒な、人間の子供くらいの卵があり、沼からはその卵を守るように、多種多様な魔物が溢れる。

人々はその現象を「嘆きの沼」と呼ぶのだ。


去年発生した「沼」は、戦争の英雄が総出で対処しているのが、リーリエとフリードリヒだけは王都に残った。


「沼」は魔法使いにとっては鬼門。たちまち体内の魔力が枯渇して、二度と魔力は戻らないと言われており、フリードリヒから、リーリエは参戦しないように厳命されていた。


そしてその「沼」に、明日フリードリヒが行くのだ。

「沼」の卵は王にしか壊せないから。


「やっと目処がたったみたいでな」


「それ、は、」良かったとは言えなかった。魔物が溢れる危険な場所には違いないのだ。


「リリには王都を守っていて欲しい。戦場を共にした、頼れる私の妖精公爵」


手を取られ、強い瞳を向けられる。

リーリエは口を引き結んで瞬きをすると、ゆっくり頷いた。それ以外、選べなかった。


「守るわ。だから、無事に戻ってきてね。強くて聡い、頼れる私の陛下」


笑顔で言うリーリエに、フリードリヒは「ああ」と答える。


「ビアンカも一緒だし何とかなるだろ」


「ビアン、カ」

蚊の鳴くような声が出た。


「ああ。国の危機は私たち。国の安寧はリリが守る」


「盤石だろう」と握られた手。見つめられる瞳。

リーリエは空いた手を目に当てて「そうね」と呟いた。

フリードリヒから与えられた全ては空っぽなんだと叩きつけられた気がした。


「……行ってらっしゃい」


どこへでも。


そんな言葉がリーリエの喉の奥につかえた。


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