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リーリエは城をあとにして、一人で魔法塔へ向かった。
最上階。天空資料室。ドーム型のガラス天井からは、夕焼けの光が優しく差し込み、リーリエの肌を赤く染めた。
動揺と悔しさで胸がいっぱいで、ノクスに「帰りに寄るね」と約束したから塔に来たのに、結局合わす顔がなくてこんな所に来てしまった。
革のソファに体を預けてふわふわのドレスの裾を掴んだり離したりした。
ノクスは息苦しい思いをしているとビアンカは言っていた。
最近ノクスはビアンカの所へよく行くようになった。
なぜ急に親しくなったのか、なんの話しをしているのかリーリエは気になった。
しかしいざ「行ってくるね」と邪気のない顔で言われると、「気をつけて」と言うしか無かった。
王城へひとりで行かせるので、リーリエは彼が黒い魔力を吸いすぎないように魔法陣の栞をノクスに持たせている。これはリーリエが書いた本物の魔法陣だが、効果は気休め程度だ。
「攫われないように、お守り」
そう言ってノクスにあげた。彼は「一生大事にする」と大袈裟なことを言っていた。
あれも、本当は窮屈に思ったのだろうか。
ノクスがビアンカと仲がいいとリーリエは心穏やかではいられなかった。
しかし、その理由が分からなくて、今日もビアンカにいいように言われっぱなしだった。
気づくと、リーリエはスカートをクシャクシャにしていた。
「あっ」
思わず声を上げて立ち上がった。手持ち無沙汰になるとすぐ服をシワにしてしまう。
子供みたい。
ビアンカがリーリエのドレスの背を見て嗤ったことを思い出す。
フリードリヒもノクスも、ビアンカに取られてしまったような気がしてリーリエの目から涙が滲んだ。
「ふふ、取られた、って……」
リーリエは自虐的に笑った。彼らとは、なんでもないのだ。ただ、自分が彼らに救われたから、大事だっただけだ。
勝手に大事に思ったひとを、傲慢にも取られたなんて思って勝手に傷ついた。
こんな所が、子供なのだ。
涙を拭い、床に落ちた雫を見る。
そこにリーリエが描いた黒の魔力の魔法陣があった。
フリードリヒと静かに語らうための魔法陣。無用の長物になってしまった。
あんな冷たい顔をされたのだ。彼はもうここには来ない気がした。
悲しいかな、魔法陣の制約は変えられない。残念に思ってリーリエは涙で濡れた魔法陣を覗き込んだ。
「……ん?」
リーリエは涙目をゴシゴシと擦り、もう一度よく見た。
魔法陣が、薄くなっていた。
「え、やばい!まずいまずい」
リーリエは急いでペンを取ってきて、黒い魔力でインクを精製し、魔法陣をなぞった。
ドレスのまま地べたに這い、慎重に魔力を注いだ。
天空資料室は膨大な資料が入るように魔法陣で空間が歪められている。
既に通常の面積の何倍もの資料が収められているのだ。
魔法陣が消えたら、本の重さに耐えきれずに塔が崩壊しかねない。
「……よし。これで、よし」
やっと書き終えた頃にはガラス天井に星空が瞬いていた。柱のランプもいつの間にか付いていた。
さっきまでの感傷が、波のように引いていた。
彼らへの気持ちより塔。
リーリエは自分の性分に乾いた笑いを漏らした。




