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水色の神の月。

王城の大広間は、白い大理石が陽光を跳ね返し、冷たい光を満たしていた。

塔とは違う、目に見えない力関係と視線が静かに絡みつく場所。


フリードリヒの命で、リーリエはこの場に立っていた。

自分が掃討作戦へ向かう前に舞踏会を催すから顔を出せと、直々に命じられたからだ。


王命でなくても――彼の言葉を、リーリエは拒めない。


今夜もフリードリヒはビアンカと睦まじい姿を貴族たちに見せるだろう。

リーリエは、せめて酩酊しないように、体内に魔力を溜めてきた。彼女の白い魔力は既存の魔力を押し出したりはしないのだ。


しかし長い廊下を歩きながら、胸の奥がざわつく。魔力対策以外の事は何もしていないのだ。


―――心構えすら。


ノクスはいない。

フリードリヒも、もう隣に立ってくれない。

あの頃は、ただ隣にいるだけでよかったのに。


視線が刺さる。

家族もいないリーリエは、パートナーなしで参加していた。


こういった華やかな場で隣にフリードリヒがいないのは本当に久しぶりのことだった。

しつこい伯爵令息の釣書を、いつだったかフリードリヒがパーティーの最中に庭で消し炭にした事があった。

それ以来、肩書きや財産狙いのひやかしは寄ってこなくなった。

良かったのか、悪かったのか。今も遠巻きにされて居心地が悪いのは、そのせいもある。


壁際に寄り、ワルツを踊る令嬢たちを眺める。

同じくらいの年頃の少女たちが、楽しげな笑い声が聞こえてきた。


――リーリエには、ああいう輪はない。


彼女たちは学園で仲間を作る。

けれどリーリエは塔の主。

教える側のさらに上に立つ者で、戦場で力を証明した大魔法使い。


その肩書きが、いつも一歩外へと彼女を押し出す。


魔法塔のローブに似た、濃紺のドレスを身にまとったリーリエは人知れずため息を吐いた。


思い出すのは、昔のことだ。

良くない噂を囁かれ、輪の外に押し出された子供だった頃。

あれ以来、子供も令嬢も少し苦手意識がある。

結局、自分は変わっていないのではないか。そんな気さえする。

グラスの中のジュースを飲み干す。


フリードリヒが来たら、挨拶を済ませてすぐに帰ろう。


――そう思った瞬間。

背後から白い魔力が寄る。

気をつけていたのに。リーリエは心の中で、したことも無い舌打ちをした。


「まあ……スヴァルトハイム様。今日はお一人なのね」


香りと声が同時に落ちてきた。

振り返る前に、空気が変わる。

ざわめきが、視線とともにやってくる。

人の流れが、目に見えない力に従うように緩やかに道を空ける。

社交界の中心。

白の聖女、ビアンカ。


「ごきげんよう、ビアンカ様」


礼を取る。

その一瞬で、周囲の視線の向きが変わったのが分かる。

ビアンカはゆったりとリーリエを眺めた。

品定めするように、背の刺繍へ視線を滑らせる。

今の流行りは、ビアンカが今着ているような背中が開いたドレスだ。

リーリエはまだ未成年。流行りを意識しつつ、肌を見せないよう工夫されたドレスが主流だ。

リーリエはビアンカの視線の理由に気づいて口元がひくりと動いた。


「ノクス様はご一緒ではないの?」


「ええ。今日は塔におります」


リーリエの硬い言葉にビアンカは「そう」と言った。


「最近よくお城でお見かけしますわ。可愛らしい方ね」


ビアンカの隣で白い魔力に酔った令嬢がくすり、と笑う。

最近ビアンカはノクスを呼び出しては仲良くしている。

なんの話しをしているのか、リーリエには見当も付かない。


ただ、一度二人とフリードリヒ、三人でいる部屋には行ったことがある。


ビアンカの白い魔力が溢れて、ノクスの所まで黒い魔力が寄ってこない。

黒い魔力を持たないビアンカも、ノクスに渇きを覚えたりしないのだろう。


鉄壁の守りだ。


リーリエではあそこまで彼を守れない。

ビアンカはリーリエに会うと、魔力が見えないはずなのに勝ち誇った笑みを向けてくるのが常だった。あれはそういうことなのだろうか。


「あの方、目を離すとどこへでも行ってしまいそうで……心配ですわよね」


その一言で、周囲の関心がノクスへ移る。

リーリエは硬い返事をした。


「……大丈夫です。彼は、子供ではないのですから」


「本当ですの?」


他の令嬢か首をわずかに傾げる。


「寂しがり屋に見えますわ。あの方」


リーリエの胸が、ちくりと痛む。

ノクスが手を引かれやすいことは塔の中だけの秘密だったが、どこから漏れたのか。

けれどリーリエは、それをここで上手く躱すすべを持たない。

罵倒の言葉は浮かんでも、貴賓であるビアンカの機嫌を損ねず反撃するのは無理そうだ。


「塔にいらっしゃるなら、安心したわ」


リーリエの目が細められた。ビアンカの言葉の意味を探りかねる。


「……閉じ込めているわけでは、ないのよね?」


「っ……!」


思ってもみない話に言葉が出ない。

その沈黙が、何より雄弁だった。


「うふふ、公爵様は情熱的でいらっしゃるのね」


「いえ、そうでは……」


「まあ、あんなに素敵な方ですものね」


「独り占めなさるなんて、お顔も見られたくないのね」


令嬢たちの声が、自然に重なる。

誰もビアンカの顔色を窺っている素振りはない。

けれど全員が、彼女の“流れ”に乗っている。

リーリエの喉が締まる。

否定したい。

けれど、できない。

彼が塔からあまり出たがらないのをいい事に、自分も彼を連れ出すことは稀なのだから。


「ふふ……あまり困らせては可哀想よ」


ビアンカがやさしく言う。


「ノクス様はお優しいから、断れないだけかもしれないもの」


優しい声音で、逃げ道を塞ぐ。

リーリエの頬が熱を帯びる。


「……私に言われましても……」


かすれた声。


「そうね」


ビアンカは微笑む。


「でも、羨ましいわ。あの方に必要とされているのでしょ?仰っていたわよ。あなたに救われているって」


ほんの少し、声を落とす。


「塔が多少、息苦しくても、ね」


――息苦しい。

その言葉が、胸の奥に落ちる。

否定したかった。

けれど一瞬だけ、言葉が遅れた。

リーリエは思わず目を伏せた。

ビアンカの後ろで令嬢が目配せした。

その一瞬。

ぱきん、と音が響く。

花瓶にひびが入り、花が床へ散った。

令嬢が大袈裟に叫び、ワルツの音が止まった。

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