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リーリエの心変わりがないと踏んだフリードリヒは胸元から1枚のカードを出した。そこには魔法陣が描かれていた。
「そろそろファルネをスヴァルトハイムに返さねばな」
そう言って、カードに魔力を流し、軽く振った。
ちりん。
鈴もないのに音が鳴る。
呼び鈴のようなものかとノクスは思った。きっと扉の近くにいる者にリーリエを呼びに行かせるためなのだと。
しかし、時を置かずノックの音。
「入れ」
「失礼いたします」
そう言って、リーリエが部屋に入ってきた。
彼女の後ろは廊下ではない。そこは霧がかかったようにぼんやりした空間だった。ノクスが目をこらすと、動いている人らしき陰が動いているのが見えた。
リーリエが扉を閉める。
「お呼びですか」
フリードリヒに歩み寄るリーリエ。フリードリヒは得意げだ。
「これが魔法だ、ファルネ」
リーリエは不満顔だ。この部屋にはノクスとビアンカの他に使用人も控えていた。
「陛下。人払いをしてから使ってくださいって、言いましたよね」
「お前だって人がいる部屋から来たではないか」
「あの部屋は秘密の部屋なので平気なんです」
フリードリヒに分からない理屈をこねるリーリエに、彼は鷹のような視線を投げた。
「秘密の部屋?今までシュトラウスと一緒だったのではあるまいな」
フリードリヒも扉の向こうに広がったぼんやりとした光景を目にしていた。
あの人影が政敵だとして、随分な数だったように思う。
「狐共に囲われたなんて報告、聞きたくないからな」
「夜会で私への釣書を陛下が燃やしてからはそんな話来ていませんよ」
距離のある態度にフリードリヒは鼻を鳴らした。
「ふん、あれは、お前だって嬉しかったと言ってたろう」
遂にリーリエは咳き込んだ。
「そう言っただろう」
重ねるフリードリヒに苦い顔をしてリーリエは「二度と言いません」と彼を睨んだ。
フリードリヒはハッとして「そうではなくて」と言いかけたが、リーリエは真面目な顔に戻って「心配なさらなくとも大丈夫です」と言った。
フリードリヒはため息を吐いた。
「もういい。ファルネの体調が回復したようだから連れてもう帰れ」
「はい。ビアンカ様も、ありがとうございました」
「良いのよ。スヴァルトハイム様の忙しさは大人も顔負けね」
美しく笑いかけるバラなようなビアンカの棘に、リーリエは淑女の笑みで返した。
正直、この手の嫌味になんと返せばいいのかリーリエには正解が分からなかった。
「ファルネ様、参りましょう」
部屋にいるのはフリードリヒ達だけではない。リーリエは言葉を選んだ。
「リリ」
ノクスが子犬のような笑顔でリーリエに寄る。
フリードリヒの眉がピクリと動いたことに気づかないリーリエは、カーテシーをした。
「失礼致します」
「ファルネ様。またお話しましょうね」
ビアンカが小さく手を振る。
「お勉強、してきてくださいね」
その言葉にぎくりとするノクスに気づき、そっと彼を見る。リーリエは彼の口の端が赤くなっていることに気づいた。
胸が、きゅっと痛んだ。




