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テーブルに炭酸水とコーヒー。ノクスに冷たい濡れタオルを渡し、給仕は静かに部屋を出た。
ビアンカの応接室は白と深い緑色を基調とした落ち着いた色合いの、しかし贅を尽くした部屋だった。
家具や小物。どれを取っても一級品。正に聖女が座するに相応しい部屋だった。
ノクスは冷たいタオルを顔に押し当て、熱を冷ますとひとつ息を吐いた。
魔法陣が暑いことをリーリエに知られたくなかった。謝る彼女の顔を思い出して、胸がちくりとした。
「お風呂にでも入りますか」
コーヒーカップを優雅に持ち上げながら、ビアンカは楽しそうにノクスを見ていた。
彼女の体からは白い色の魔力が出ているとリーリエから聞いていた。皆、その清らかな魔力を待っていたのだと。
魔力の見えないノクスは、ビアンカの信者がお祭り騒ぎをしているように見えていた。
有り体にいえば、胡散臭いと感じていた。
「大丈夫です」
冷たく言うと、ノクスは炭酸水を飲んだ。喉から胃に弾けながら落ちていく冷たさが気持ちいい。
「もっと飲みますか?」
「大丈夫です」
もう一口、炭酸水を飲むノクスに、ビアンカはぽってりとした赤い唇を歪めた。
「スヴァルトハイム様と離したから、怒っているの」
鈴を転がすような、美しい声。ノクスはため息で返した。
「怒っていません。・・・感謝していますよ。おかげで大分体が楽になりました」
「良かった。顔色も良くなりましたね」
にこやかにノクスを見るビアンカはゆったりと座り、口を閉じた。
なんだか見透かされているような気分になり、ノクスは落ち着かなかった。
「あの、話がないなら帰ります」
ノクスはコップを置いて、姿勢を正す。
以前、一度だけビアンカに部屋に誘われた。彼女の部屋は香が焚かれ、昼間なのにやけに薄暗かった。
ノクスの手を取り、部屋に引き入れ、口付けてきた。
聖女と持ち上げられているけれど、他の人間と何が違うのか。
結局この女もノクスを誘い、抱きしめ、何かを乞うように肌を寄せてきたではないか。
「話ならあるわ」
ビアンカはコーヒーカップを置いて、しなやかな指をカップから離した。
脚を組んで、にっこり微笑む。そして、意地悪そうに嗤った。
「カタルナの黒い至宝さん」
ノクスは微動だにしなかった。
ただ、昏い瞳をビアンカに向けた。
「ふふ、やっぱりね」
ビアンカは嬉しそうに微笑んだ。
「ファルネなんて。異世界だから油断したのね」




